オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

春場所への想い

 今日は、大相撲春場所の千秋楽だ。

 春場所は、何時からかは知らないが、大阪で行われている。場所は、大阪府立体育館。私が物心ついた時には既にこの場所になっていた。

 大阪は東京より西に位置する事から、桜の開花も早い。私の感覚でいうと1週間くらい早い(気象情報を見ていると、正確にはそれよりは短いが)。丁度、この春場所の千秋楽あたりが大阪での桜開花にあたる。大阪では、桜=春場所という、かなり印象的な歳時記になる。

 相撲が大阪に来ると、まさに春がやってくる、という気持ちになる。こちら(横浜)とは、若干であるが気候、季節のズレがあるのが如何にも日本らしい。たった、500Kmしか離れていないのに。

 

 大相撲は、一度だけだが観戦した事がある。それが、この大阪場所だ。

 当時、付き合っていた彼女に「行こう!」と誘われ、半ば無理矢理連れて行かれたようなものだった。随分前のことであるが、当時は、取組みを示す掲示板(TVに頻繁に映る、XX対YYと縦書きで表示されたもの)の下の自由席が500円だった(!)。ここでいいから行こう、ということだった。

 今で500円であれば破格であるが、当時甲子園球場の外野席も似たような値段だったので当時の物価水準がそのようなものだったのだろう。

 その彼女は、大変な相撲通だった。

 力士達がどの通路を使って体育館に入ってくるかも熟知しており、そこに連れて行かれた。

 「ここにいると、力士に会えるんだよ。タッチもできる!」とか言っていた。

 年がばれてしまうが、当時の彼女のお気に入りは「麒麟児」(今は解説者)だった。この人の「お尻がかわいい」と言っていた。逆に、朝潮のお尻は汚い、と言っていた(それは彼女だけではない)。

 大相撲は、結構早い時間からやっている。序の口の取組みの頃から行くと、当時は自由席でも簡単に確保できた。入場券を持っていれば出入りは自由。幕内の取組みまでは近所のどこかで遊んでいて、良い時間になってから体育館に戻った記憶がある。

 彼女には相撲について色々と教わった。印象的であったのは、当時抜群の人気を誇る高見山を彼女は全く評価していなかったことだ。

 「あの人は人気があるけど、これ以上いかないよ」

 「何でそう思うの?」

 「下半身が弱いから。大きいだけは勝てない」

 「・・・」

 恥ずかしながら、当時は何のことやらさっぱり分からなかった。が、彼女の言う通りであった。

 実は、その日、とある新聞社の人(本人はそう言っていた)に声を掛けられ、頼まれて2人で枡席に座っている写真を撮られた(昼は枡席は空いている)。その写真は、結局、新聞には載らなかった。雑誌までは知らない。あれは、何だったのだろうか。

 

 彼女と付き合っていた期間は短い。

 ある日、「もう会えない」という手紙をもらった。

 「会いたくない」ではない。

 一度、真意を確かめたくて電話をした。しかし、話はできなかった。

 それで、おしまい。

 

 男らしく行動しなくてはならない、と思っていた。だから、諦めた。正直、未練はあった。しかし、ウジウジするのは嫌だった。2度と電話はしなかった。

 

 私もいい年になったが、春場所の千秋楽を見ていると、ふと当時を思い浮かべる時もある。甘酸っぱい記憶だ・・・

 

 そう言えば、母がお彼岸にはいつも「おはぎ」を作ってくれていた。

 とても美味しかった。大好きだった。

 今日、春が来た・・・ね。

 

 

 

 

 

 

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