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オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

「良識の府」は存在できるのか

 とてつもなく暑い夏がやってきた。

 そして、今夏は3年に1度の参議院選挙がある。来週が投票日であるが、この暑い中、果たしてどれくらいの人が投票行動を起こすか、早くも絶望的な観測が流れている。

 低投票率予想の根拠は、気温だけではない。

 選挙の「争点」にもある。

 肝心の選挙の「争点」が見出し難い、という点がその理由。争点・主張が ”無い” わけではないだろう。

 存在するのであろうが、一般ピープルには、各政党・政治家達が「何が言いたいのか、よく分からない」状態になっているのだと思う。

 しかし、候補者が何を言っているのか、有権者側が耳をこらして聞き、そして集中力をもって思考しなければ到底理解されないようなスピーチなど、今の時代に寸分の価値も存在しない。

 あれでは街頭演説が無視され「勝手にやってろ」という話になるのは必然だろう。

 そして、おそらく今回の選挙で自民党は完全復活を果たし、民主党は地を這いつくばるような惨敗をするのかもしれない。

 連合を中心とする労働組合票がどれくらい投じられるか、自治労をはじめとする官公労がどれくらいの組織力を発揮するかで、民主党社民党の命運は決することになる。

 組合員の中にも良識をもった人はいるのだから、無自覚に民主党社民党に従来通りの支援票を入れるかどうかは、さすがに今回は分からないのではないか・・・

 

 今朝の朝刊に、選挙区・比例代表の候補者が掲載されていたが、見たことも聞いたことも無い人が圧倒的に多い。

 これじゃあ、投票所に行ってもその先、どうすれば良いの分からなくて鉛筆を持ったまま、その場で凍りついてしまう人も多いと思う。

 そして、そのことは、参議院というものが私達にとって、無用の長物に成り下がっていることを示している。

 法案審議について、衆議院と同じ結論を出すと「カーボンコピー」(これ死語だよね。既にオフィスにカーボンは存在しない)と言われ ”存在価値が無いからいらない” となり、否決すると今度は「ねじれ」と言われ ”強過ぎる参議院が決められない政治の元凶” と言われる。

 どちらにしても ”責められる” というのは、参議院が「必要性に乏しい」からであり、本来の目的・効力を発揮していないからだ。

 そしてその原因は、参議院議員、本人達にある。

 先ほども言ったように、候補者リストを見ても「こんな人知らない」し、属する参議院会派がどのようなポリシー、政策集団であるのかなど、さっぱり分からないからだ。

 議員個人から見れば選挙(これは職業政治家にとっては”審判”だ)は6年に1回、それも”解散”がない優雅な身分である。

 このような超越した特権を参議院議員に持たせている理由は、衆議院に無い議論形態、政策立案、合意形成を強く期待しているからであり、単に「バランスをとってもらいたい」などという矮小な理由では無い。そんなことが目的であるのなら、これは税金とリソースの大いなる無駄だ。

 今の彼らを「良識の府」とは言い過ぎだろう。

 それは、今も、これからも、未来にも、永遠に「あり得ない」。

 日本人には、この「良識の府」という高邁な政治理念は昇華できない。そろそろ、諦めても良い。

 これは「絵に描いた餅」だ。

 安倍総理が本気で憲法改正を考えているのであれば、これを期に参議院を廃止し1院制とすべきだ。

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 今回の選挙で「ねじれ」が解消されれば、私の悲観は現実のものなって現れるだろう。

 彼は、与党は、次々と強行採決で法案を通して行くだろう。大した議論はそこには存在できない。

 議論というものは、その場にいる人達の見識がある程度「高位」にあるからこそ存在できるのだ。今の野党にそのような能力は期待できない。

 与党は ”バカ” の相手をいつまでもやっていないと思う。

 安倍政権の経済政策には、まだ期待値が残っている。しかし、社会保障制度の大きな改革は恐らく出来ないだろう。外交・防衛政策の基軸は、以前の自民党時代と同じ。公務員改革もムリ。

 経団連、業界団体との癒着は自民党のDNAだ。「法人税減税」を押し通し、その代替財源を所得税増税、消費増税に求める可能性大だ。

 今後も、生活者にとって「薔薇色の将来」が待っているとは言い切れない。

 一般に有権者の期待として「景気対策」を挙げられることが多いが、「生活の安心」と「景気」の相関関係はもう少し真面目に考えた方が良い。

 景気拡大→企業業績向上→雇用安定、という図式が成り立たなくなったのが「失われた20年」の特徴だ。日本経済は成熟期に到達してしまっているのだ。

 国民として「景気対策」を政府に求める第一声とするのは「思考停止」と同意。

 

 私達が「良識」を持たねば、それを担う「府」も、また存在できない。