鈍感で安直な「和食」
歩きスマホを防止出来るソフトが開発されたらしい。
フリーソフトとして、ウェブサイトから無償提供されるとの事。
ケータイ会社もなかなか、やるじゃん、と最初思った。
しかし、何で最初から組込まないのだろう?と考えていたのであるが、何とこの機能、歩行中の危険防止用で、子供用とのこと。親が、子供の事が心配な場合、「保護機能」として提供しますとのことであった。
子供の事を心配する親達向けのサービスなのだ。
笑っちゃいました。
日本全国の大人達が、メーカーから見れば子供レベルのことをやっているということだ。
歩きスマホの人達は、自分達がいかにアホみたいなことをやっているかを自覚してほしいものであるが、恐らくダメだろう。自覚しないと思う・・・
「そんな些細なこと、どうでもいいじゃん!」
恐らくその程度の反応だと思う。いや、自覚が無いだけに「反応」すらしない可能性もある。
今の日本は、身近の安全に関わる事柄であっても、無頓着・無自覚に見えることがしばしばある。
何か、極端な事故・事件でも起きない限り、問題意識を持てないのかも知れない。
この全体を覆う「鈍感さ」は、このままで良いのだろうか。
この国が平和である事だけは間違いないが・・・
・・・
「和食」が ”世界無形文化遺産” に指定されたそうだ。
喜ばしい事だ。
しかし、
「富士山」の時にも感じたのであるが、この名誉をどうやって ”維持” していくのであろうか。
「新鮮な自然の素材を使って〜」と評価されているらしいが、現状、その素材の本質と名称表示は ”擬装”、”誤表示” だらけだ。
こんな状況で、よく恥ずかしくもなく指定・認定を喜べるものだ。ことの責任の重さが、事務局には理解できていないのではないか?
外国の友人が訪日された際、「本物」の「誤表示」のない、真っ当な日本食を提供出来る食事処に私たちは自信をもってその人を案内出来るのか?
この国は今、明らかに物事の本質に鈍感になっている。
「それくらい、いいじゃん!」
「そんなこと言っていたらキリが無い」
たしかに、そう言う面もあるが、私たちが ”意識” さえ持てば、今の「ウソ」、「誇張」、「擬装」、「湾曲」だらけのこの社会を ”適正化” できるのか?
違う、と思う。
「その気になれば出来る」などと言うものは、世間にそんなにあるものではない。
絶え間ない努力と積み重ねの上に、何でも無いように見えるが ”遺産” というものが存在し得ると言えるのではないだろうか。
今の日本社会は「安直」な雰囲気が少しあるように思う。
今、「包丁」を持たない、所有しない世帯が増えている、とも聞く。その必要がないから、欲しいサイズの食材がスーパーなどで購入できるからだろう。
朝食をとらない人がいるのは、今に始まった事ではない。
「お米」ではなく、パンが主食の人がいても何も不思議はない。その人の勝手だ。
「豆」を煮る事をできる日本人(女性限定ではない)は今何人いるのだろう。
私たちは、伊勢エビとロブスターの違いを見分けられるだろうか。
「おふくろの味」がハンバーグ、という人はどの程度いる?
私たちは、「和食」を正しく認識できているだろうか・・・