愛しのDOHC
随分前の話になる。
先輩Mは、AE-86レビン(エアコンなし)に乗っていた。
先輩Sは、カリーナ3ドアリフトバック(エアコンあり)に乗っていた。
上記2車は、どちらも1.6ℓの排気量だ。
しかし、エンジンの型式、メカが異なる。AE-86レビンは4A-GEU。名作であり、DOHC4バルブの当時最新型高性能エンジンだ。
「TWIN-CAM 16VALVE」のステッカーが誇らしげだった。
タコメーターのレッドゾーンが7000rpm辺りに切ってあったのを記憶している。「本当にこんなに回るの?」と正直驚いた。
一方、カリーナは2T-GEU。このエンジンもDOHCであるが、1気筒2バルブだ。つまり、TWIN-CAM 8VALVE。
先輩Mは口の悪い人で2T-GEUを「偽物のツインカム」と呼んでいた(冗談を込めて)。先輩Sは、「1気筒にバルブは4つもいらん。ムダ。フェラーリだって2バルブだ」と言って笑っていた。
この2人の先輩は同級生でとても仲が良かったので、上記のような恐ろしい冗談が交わせたのだ。
私はその頃、ブルーバードSSS(810型)に乗っていた。
エンジンはZ18型。別に何の変哲もないフツーのSOHC4気筒エンジン。プラグが8本もついていた。低回転では「ぐずる」ことが多く、全然「高性能エンジン」ではなかった。
私は、2人の先輩方の、クルマではなくエンジンが羨ましかった。
「DOHCに乗りたいなぁ」と思っていた。
DOHCとは、Double Over Head Cam Shaft の略だそうな。
エンジンのシリンダー上部には、空気とガソリンを出し入れする為の配管と弁(バルブ)が付いている。1気筒当たり入力ポートにバルブを2個、出力ポートにもバルブを2個つけているのが、4バルブと呼ばれるもの。
このバルブを、入力/出力で別々にカムシャフトをおいて開閉するするものをDOHCと呼ぶ。S先輩のエンジンは、カムシャフトは2本使っているが、シリンダ上部に弁が4つではなく、2つしか切っていない、と言うこと。4つ弁がある方が、より多くの空気をシリンダ内に吸気出来る。当然、出力も大きく設計できる。
SOHCは、カムシャフトが2本ではなく、1本。これに、カムとロッカーアームを組み合わせて入力/出力バルブを開閉させる。これは巧妙な工夫であるが、機械摩擦/損失を考えると、やはりダブルシャフト(ツインカムシャフト)の方が高効率だ。
DOHCとは「高性能」であり、「高回転」=「高出力」であることを意味した。
だから、M先輩はTWIN-CAM 8VALVEを「偽物のツインカム」とからかったのだ。
これは、ある意味正しいと思う。どうせ、DOHCを作るのであれば4バルブにすべきだ。2バルブはあくまでも「経済性」を考慮しただけのことだと思う。
当時、DOHC搭載のクルマは少なかった。それは、スポーツカーのカテゴリにあったからだ。当然のごとくクルマの値段は高価であった。私には、手が届かなかった。
私は、ブルーバードの後は「トラッド・サニー」の3ドアハッチバック(305Re)に乗った。
1.5ℓ4気筒エンジンであったが、SOHCの何でも無いもの。当時、サニーにDOHCエンジンのラインナップは実はあった。しかし、私には手が届かなかった。DOHCに乗りたかった。
やがて、トヨタがとんでもないことを始めた。
カローラを皮切りに、「全車種をDOHC化する」ことを始めたのだ。私は雷に打たれた気分だった。「凄い」と。
しかし、トヨタの革命的提案は、「全部スポーツカーに」ではなかった。「ハイメカ・ツインカム」と呼ばれる高効率化エンジンを市場投入する、と言うものであった。
このエンジンは、紛れもなくDOHC構造ではある。Double Over Head Cam Shaft の構造をとっている。しかし、高回転型のエンジンではなかった。
軽やかに回り、結構静かで、燃費の良いエンジン。
これは、ひとつの技術革新であった。
燃焼効率を最適化するためにDOHCを用いる・・・。発想の転換だった。
M先輩は、「ハイメカ・ツインカム」は「ツインカムではない」と言っていた。あの人にとっては、DOHCエンジンが「高回転型」であることは”必須”であった。これにはこれで一理ある。
私は、その頃、スプリンターカリブに乗っていた。エンジンは、4A-FE。1.6ℓDOHC16VALVEだ。文句無く良いエンジンだった。
しかし、ハイメカツインカムだった。
当時、私は、もうツインカムには縁がないものだと考えていた。恐らくスポーツカー(高性能エンジン)には乗らない・・・、と思っていた。
やがて、日本のクルマの全てはDOHCになった。
時は流れて、VW UP!
エンジンは3気筒1ℓDOHC12VALVE。
このエンジン、高回転域まで「回る」。
レッドゾーンは、6000rpmからであるが、3000-6000rpmまでの回転がすこぶる速い。
DOHCの”音”がする。この音は、ハイメカツインカムとは明らかに異なる。
今、DOHCに乗っているんだ、という実感を持っている。