オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

殉死の効用

 「忠臣蔵」の有名なシーンを思い出した。

 主君浅野内匠頭切腹」の報を受け取った赤穂藩の家臣達は動揺し、城代家老大石内蔵助に詰め寄る。

 「ご城代は何と考えられる。ろう城か?はたまた仇討ちか?」

 内蔵助は答える

 「殉死でござる…」

 「ハッ?殉死?」

 「そう、殉死でござる。幕府の理不尽な差配に抗議する意味で、家臣もろとも城を枕に腹を切りましょうぞ」

 「・・・(それは無駄死にじゃ)」

 

 東芝不正経理に関する後始末は関係者により着々と淡々と進行している。

 一見、順調にも見える不祥事後始末の基盤を作ったのは、田中(前)社長の決断だ。

 経営陣9人が退任。執行役員16人の役員報酬カット。

 処分の中には歴代社長3代の役職からの退任が含まれている。

 一般に、企業不祥事の処分の際は、トカゲのしっぽ切りが行われるのであるが、東芝の場合は違った。

 まさに、本社を枕に社長以下の役員の多くが殉死した、というありさま。それも、株主総会を待たず第3者委員会による調査報告書の開示をもってだ。

 一見、潔い。

 しかし…、違うと思う。

 前社長の記者会見の態度を見て「不誠実」「不実」を感じた私にとっては、これは「証拠隠滅」の最たるものだ。

 この事案は、「不適切会計」などではない。

 「粉飾決算」だ。

 このような用意周到な粉飾は、不正の度合い・案配を的確に指示する経営者(役員)と経理の専門家が各事業部に張り付いていないと行えない。

 彼ら(東芝)は、マスコミが「不適切」という用語を使わざるを得ないよう、グレーゾーンをきっちりと守って不正を行っている。

 監査法人が共犯であるかは不明であるが、少なくとも彼らが職業倫理的に不正を告発しなくてはならない事態を経営陣は確実に回避している。これは、ある意味、見事過ぎる内部統制能力だ。悪い方向に使っているが…。

 この粉飾に関与した者達が一斉に会社を去ったのだ。

 関係者が、もう、記者会見で不正の具体的な手段について事情聴取されることはない。検察も見て見ぬ振りを決め込むようだ。

 前社長の見事な采配だ。

 「信頼回復の道筋をつけるのが私の責任だ」

 過去、引責責任を問われた何人もの企業経営者達が謝罪会見で発したセリフだ。

 今回は違う。

 「本日をもって私は責任を取り退任します」

 「ハッ?では次期社長は誰に?」

 「ここにいる室町が…」

 記者会見場にいた多くの記者達は、不意打ちをくらい、恐らく次に発する言葉を探していたのであろう。その間に記者会見は終わってしまった。

 何度もいうが見事な殉死だ…

 ドラマは終わった。

 

 東芝の信頼回復、経営正常化への道のりは平坦ではない。

 多くの役員がいなくなったが、後継に困ることはないだろう。あのような会社には、抜擢・登用を待つ優秀な幹部がひしめき合っている。

 良い意味での世代交代が行われたとも受け取れる。

 妖怪が地獄に帰り、伏魔殿が閉店しただけかも知れない。

 しかし、一旦手を染めた粉飾行為、不正を容認する社風を正すことは存外簡単ではないかもしれない。

 社外取締役を何人置いても無駄。

 SONYの轍を踏まないことが肝要。所詮、社外の者に会社のことは分からない。

 彼らがチェッカーマン以上の存在になることを過大に期待すべきではないと思う。監査法人に至っては言うまでもない。

 

 極めて日本的な企業が、グローバルスタンダードに基づく高次元での不正を行い、極めて日本的な手法でその責任をとったのが今回の事案であった。

 因に「粉飾決算」を「不適切会計」というのは、それこそ不適切だと思う。マスコミの頭脳構造が不適切なのだと感じた。

 名門企業の一刻も早い経営再生を願っている。