オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

パソコンの神髄

 大学の研究室には、MZ-80Bが設置されていた。

 システム構成は、PC本体+8inch FDD(2台)+EPSON製ドットプリンタ。これに、CP/MをローディングしFORTRANを走らせていた。

 MZ-80は通常、内蔵されているカセットテープ装置からOS(MS-DOSではない)あるいは、アプリケーションを直接ローディングする仕組みをとっていたが、私達の研究室では、外部記憶装置としてFDDを接続する豪勢な構成をとっていた。

 当時のFDD、ドットプリンタ(ストックフォーム対応)はとても高価で、PC本体(ディスプレイ抜き)の価格と同等以上のものが少なからずあった。

 今考えると、このシステムは少なくとも70万円以上はしていたと思う。

 

 さて、この高価なPCシステムを使って我が研究室は、一体 ”何を” していたのか?

 詳しくは分からないが、磁気振動の共振現象の解析を行っていた、と研究生(同級生:OKI君と呼ぶ)から聞いたことがある。

 そのような複雑な計算を、何故、わざわざパーソナルコンピュータ(PC)を使ってやるのか?

 どうやら、私が抱いた素朴な疑問、そのものがOKI君の研究テーマのひとつであったようだ。

 大学の構内には、ちゃんと計算センタがあった。メジャーな大学ではなかったが、大型メインフレームは設置してくれていた。

 IBM3081だったらしい。

 私も計算センタのIDはもっていたので、ほんの数回であるが利用したことがある。IBM3081は当時の最新鋭機で、日本では日立、富士通三菱電機が関わった産業スパイ事件で注目を浴びたシステムだ。大学は、このシステムをTSSで運用していた。

 本来であれば、先ほどのような複雑な共振系の計算は、このホストコンピュータを用いて行うはずだ。現にOKI君以外の研究生は、皆そうしていた。

 だが、OKI君の研究テーマは「パーソナルコンピュータを用いた磁気振動〜XXX計算… 」だった。

 PCをメインフレームの代用とし、本来大型コンピュータで行っていた複雑・精緻な科学技術計算をパソコンでやってしまおうという、意欲的な取り組みだった。

 IBM VS MZ-80…

 MZ-80Bにとっては、その存在意義を示すとともに、PCという新たな技術製品の未来可能性を問う輝かしい挑戦であったと想像する。

 

 研究室のMZ-80Bは毎日、朝から夜まで黙々と計算をしていた。毎日、ただ黙々と。

 その間、実は、人間(OKI君)はすることは…ない。OKI君は日中の大半が暇だった。

 よって、彼はよく私達の研究室で遊んでいた。

 そして、夜遅くに計算結果がプリンタから打ち出されると、それを見て、うな垂れては帰っていった。

 OKI君の去った後のMZ-80Bのディスプレイには、何やら不思議な模様が描かれていた。

 私達は、MZ-80BとOKI君を横目で見ながら、「あれ、一体何やってるんだろうね」と言っていた。

 当然であるが先生からは「関係者(OKI君)以外はPCには触るな」と言われていた。

 

 しかし、ある日、ある研究生がPCの空き時間(使っていない日)を見つけて、いたずらを仕掛けた。

 先ほどから、OS(CP/M)のマニュアルを見ながら何かやってるな、と思っていたら、彼はOSの警告音(BEEP)パラメータを書き換えていたのだ。

 いつもは、JOB ABENDの際には「ピロ・ピロ・ポ!」と発するMZ-80Bが、ある日以降、「ピロ・ピロ・ピロ・ポ、ピロ・ピロポー!」と言うようになったのだ。

 これには、同室にいた研究生達はビックリし、その後大笑いした。

 彼が書き換えたBEEPパターンがかなり奇天烈な音を発したからだ。

 MZ-80Bは、朝から晩まで黙々と仕事を黙ってこなすだけだ。

 彼が声を上げるのは、ALEART、あるいはJOB ABEND、すなわち「不具合」があったときなのだ。

 その時にPCが発するBEEPが、ひょうきんであれば、それはそれでかなり面白い。

 OKI君はPCの前でJOB ABENDメッセージを見て呆然と立ち尽くすのであるが、それを知らせる警報音は、とてつもなく人をバカにしたような面白おかしい音声だった。

 私達はしばらく大笑いしていた。

 OKI君は、計算結果がでるまでひたすら待っている。

 松田聖子の歌を流したり、コーヒーを飲んだりして時間が過ぎるのをひたすら待っている。

 そして、10時間近く経って、「ピロ・ピロ!ピロ・ピロ!ピロ・ピロ・ピロポ〜!」の音声とともに「ジョブは異常終了しました…」と印字されたシステムメッセージをプリンタ用紙から読み取る。

 これを毎日やるのはけっこうキツイ。

 心が折れる

 一体、IBMのホストコンピュータを使っていれば、OKI君の研究はいつ頃終わっていたのだろうか…

 彼は私達と一緒に卒業した。

 研究は無事成就したのだろう。

 MZ-80Bもよく頑張った。

 私達はいつしかMZ-80Bに感情移入していたのかもしれない。

 

 一度、研究室に個人所有のPC-8001、FM-8を持ち寄ってMZ-80Bを交えたベンチマークテスト(簡単な科学技術計算)をやったことがある。

 結果は、MZ-80Bの勝ちだった。

 理由は想像であるが、結構シンプルかもしれない。

 MZ-80B以外は、ROM内蔵のMS-BASIC。MZ-80BはRAMにロードされる自社製BASIC

 ROMよりRAMの方がアクセスタイムが短い(速い)のは当たり前。

 MZ-80Bは、より速いストレージ上でアプリを走らせるという、正当な利用技術を用いている。まず、前提としてROM読み出しのマシンより速いのだ。

 CPUは、FM-8がMC6809、それ以外はZ80との違いはあるが、まあそれはそれ。私達は、性能はほぼ互角と捉えていた。

 (当時、CPU単体で比較すれば6809の方が速いのではないか、と言う評論はあった)

 MZ-80Bは、高性能でデザインも抜群。値段も高すぎることは無い。

 素晴らしいマシンだった。間違いなくPC史に残る名機であったと思う。

 

 ホストコンピュータの機能を個人に提供する…

 ”パーソナルコンピュータ” という名称がそれを意味するのであれば、MZ-80Bは紛れもなくその魁であった。

 目のつけどころは鋭かった。

 SHARPには、パソコンの神髄を味わせてもらっている。

 

 さらば、シャープ。