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オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

We shall not perish from the earth.

 先日、読売新聞で興味深い記事を見かけた。以下がそれだ。

 

トランプの小学生英語が米国民にササる訳 : 読売新聞
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20160527-OYT8T50012.html?from=tw

 

 要するに、何故、トランプ候補のスピーチがアメリカ国民にかくも受けているのか、と言うと敢えて場に応じた、分かり易い言葉を選び、飾ること無くどちらかというと庶民的(?)な俗っぽい内容であるからだ、ということらしい。

 う〜ん、分かったような、分からないような。

 引き合いに出されている日本人政治家は田中角栄。なるほど…

 しかし、トランプ氏と言えば、角栄というよりは麻生太郎の方が近い気がするが如何だろうか。我が国においては、太郎は十分に下品だ。資産家で横柄だし。

 何でもトランプ氏の英語のレベルは、引用記事によると6年生レベル未満だそうだ。え〜って感じがする。

 この記事の中でも引用されている見本が、かの有名なリンカーンゲティスバーグにおける演説だ。

 この演説がUSA史の中で最も優れているという説は、D・カーネギーの著書「話し方入門」にも出てくる。

 リンカーンのレベルは11年生、日本でいうと高校2年生とのこと。これで、高校生なんだ…

 スピーチの見本であると、あちこちで絶賛されているので、それを引用しておく。ソースは何とアメリカ大使館のポータルサイト

 

Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in Liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.

Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation, or any nation so conceived and so dedicated, can long endure. We are met on a great battle-field of that war. We have come to dedicate a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives that the nation might live. It is altogether fitting and proper that we should do this.

But, in a larger sense, we can not dedicate - we can not consecrate - we can not hallow - this ground. The brave men, living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract. The world will little note, nor long remember what we say here, but it can never forget what they did here. It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced. It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining before us - that from these honored dead we take increased devotion to that cause for which they gave the last full measure of devotion - that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain - that this nation, under God, shall have a new birth of freedom - and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

87年前、われわれの父祖たちは、自由の精神にはぐくまれ、人はみな平等に創られているという信条にささげられた新しい国家を、この大陸に誕生させた。

今われわれは、一大内戦のさなかにあり、戦うことにより、自由の精神をはぐくみ、自由の心情にささげられたこの国家が、或いは、このようなあらゆる 国家が、長く存続することは可能なのかどうかを試しているわけである。われわれはそのような戦争に一大激戦の地で、相会している。われわれはこの国家が生 き永らえるようにと、ここで生命を捧げた人々の最後の安息の場所として、この戦場の一部をささげるためにやって来た。われわれがそうすることは、まことに 適切であり好ましいことである。

しかし、さらに大きな意味で、われわれは、この土地をささげることはできない。清めささげることもできない。聖別することもできない。足すことも引 くこともできない、われわれの貧弱な力をはるかに超越し、生き残った者、戦死した者とを問わず、ここで闘った勇敢な人々がすでに、この土地を清めささげて いるからである。世界は、われわれがここで述べることに、さして注意を払わず、長く記憶にとどめることもないだろう。しかし、彼らがここで成した事を決し て忘れ去ることはできない。ここで戦った人々が気高くもここまで勇敢に推し進めてきた未完の事業にここでささげるべきは、むしろ生きているわれわれなのである。われわれの目の前に残された偉大な事業にここで身をささげるべきは、むしろわれわれ自身なのである。―それは、名誉ある戦死者たちが、最後の全力を 尽くして身命をささげた偉大な大義に対して、彼らの後を受け継いで、われわれが一層の献身を決意することであり、これらの戦死者の死を決して無駄にしない ために、この国に神の下で自由の新しい誕生を迎えさせるために、そして、人民の人民による人民のための政治を地上から決して絶滅させないために、われわれ がここで固く決意することである。

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 文法としては、決して難しくはないと思う。そして、それがリンカーンの良い所。そして、内容とその表現は歴代の誰よりも高潔であるという…

 

 先日、オバマ大統領が広島市を訪問し核なき世界の実現に向けたスピーチを行った。

 謝罪無き内容が云々、という人もいるが、私は新聞で彼のスーピ全文を読んで素直に感動した。

 ただ単に、彼の伝えたいとするメッセージに共感した。

 2009年1月20日、ワシントン連邦議会前での就任演説も気に入っている。

 彼は政治家であり、その演説にさまざまな思惑が隠れていたとしても当然である。

 しかし、私は彼の演説は好きだ。