オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

エリーの正体

 バージニア州リッチモンド

 高校生リオ・ビーダマンは、その夜行われた天文学部の天体観望会に参加していた。

 彼は、アルゴルのそばに見たことのない天体を発見する。隣で同じ天体を見ている幼馴染の彼女、サラは「あれはメグレスよ」と言うが、ビーダマンは違うと思っていた。

 「これは未知の天体に違いない」

 彼は顧問のアドバイスに従い、未知の天体の位置を記録し、写真を撮って天文学者であるウルフ博士に送った。

 後日、ウルフ博士はその写真・データを受け取ると、その未知の天体が彗星であると直ちに認知した。そしてすぐさま、彗星の軌道計算を行った。

 ウルフ博士は、お気楽に音楽を聴きながら、また、ピザを食べながらコンピューターを操作していたが、計算結果を見て思わず身を乗り出した。

 大きなピザ片は音を立てて床に落ちた。

 その軌道は、太陽から3番目を周回する惑星のそれに見事に交差していた。衝突軌道だった。

 彗星が交差点に到達するのは、およそ2年後。

 ウルフ博士は、この重要なデータを政府機関に移送する途中、不慮の交通事故により命を落とす。

 事故現場には、ウルフ博士の車の残骸以外に、偶然車外に放出された彗星軌道を保存した記録媒体が残されていた。

 

 それから1年後…

 CNN のジェニー・ラーナーは財務長官の辞任の真相を追っていた。政策の失敗による更迭、妻の療養看護、エリーという名の女性との不倫、等が取りざたされたが、どれも決め手に欠けていた。

 ラーナーは、事の真相を突き詰め、それを手柄にニュース番組のバックヤードからキャスターへの転身を狙っていた。

 ラーナーは財務長官の元秘書への聞き込みから、不倫説を確信するようになっていた。

 元秘書は言った。

 「エリーのことは大統領も知っている」。

 彼女は、偶然、ベック大統領との接見機会を得たことから大胆な申し入れをする。

 「エリーについて単独インタビューさせて下さい」

 ベック大統領は「エリー」の名を聞いて一瞬驚いたような表情をしたように見えた。

 そして、「2日間だけ待ってほしい」と言った。

 「待つことが国民の為になるし、君の手柄にもなる」と。

 ラーナーは訝った。

 「不倫スキャンダルごときで大袈裟な…」

 

 2日後、大統領が自国民だけでなく全世界に発表した内容は「1年後に巨大隕石が地球に衝突する」と言う衝撃の事実だった。

 そして、隕石の軌道を変えるための巨大宇宙船を衛星軌道上に建設済みであると。

 その宇宙船は ”メサイア(救世主)” と名付けられていた。

 巨大隕石の名は ”ウルフ・ビーダマン”。発見者2人の名がつけられていた。

 ラーナーは大統領の説明を呆然と聞くしかなかった。

 「私の探していた真実はこれだったのか…」

 大統領は記者からの質問の一人目に、呆然自失で挙手すらできていないラーナーを指名した。

 ラーナーは感情を押し殺すように言った。

 「財務長官はメサイア計画を信じられず、家族とともに死を迎える為に政府を去ったと私は思っています。他にもそう考えている閣僚はいないのですか?大統領はメサイアが本当に地球を救えるとお考えですか?」

 ベック大統領は質問に答えなかった。

 ただ、ラーナーをじっと見つめるだけだった。

 ラーナーは考えていた…

 「エリー(ELE)とは、Extinction Level Event(人類滅亡)のことだった…」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 1971年、地質学者ヤン・スミットはスペイン、カラバカにいた。ここには、白亜紀時代の地層を採取できる丘がある。

 彼は、白亜紀第三紀の地質の変化を研究する為に永らくここに滞在していた。

 地質に含まれる堆積プランクトンの化石の変化状況から、その時代に起きた環境変化の内容を類推しようとしていた。

 しかし、彼にはここ最近、悩まされていることがあった。

 第三紀白亜紀の地層の隙間を”KT境界”と呼ぶのであるが、ここに 通常必ず存在するはずの”有孔虫” と言うプランクトンが全く採取・観測されないのだ。有孔虫は、全世界の海中に堆積されている。

 「何故、KT境界には有孔虫が存在しないのだ?この時代に何かが起きたのだろうか?」

 地域ごとの地層の含有物にばらつきが出るのは理解できる。しかし、全く何も観測されないとは一体どう言うことなのだろうか。

 ヤン・スミットは、何らかの原因でジュラ紀の終わりに ”大量絶滅” があったのではないか、と考えるようになった。

 「プランクトンすら生き残れない環境変化とは。一体、地球に何が起きたのだ…」

 ジュラ紀とは、恐竜が生きた時代である。恐竜は、およそ1億5000万年前から6500万年前まで生息したと言われている。

 1億5000万年前といえば、それまで1つであった大陸がマントルの動きにより分断され、移動を始めた時期と一致する。

 

 同じ時期、地質学者ウォルター・アルバレスは、イタリア、グッピオのコンテッサ石切場にいた。

 ここには石灰岩でできた崖があり、各時代の地層がむき出しになっていた。アルバレスは、ここの地層調査によりアペニン山脈形成の経緯を明らかにしようとしていた。

 彼は、爬虫類から哺乳類への生態変化にも強い興味を持っていたが、この地のKT境界から何ら化石が発見できないことに疑問を持っていた。彼はここの岩石サンプルを採取し、それを持ち帰って父親に相談を持ちかけた。

 「この地層には何故、何もないのだ?いや、何か存在するのか?」

 彼の父親は、ルイス・アルバレス。物理学の大家である。

 ルイスは、この岩石の分析をUSAのローレンス・バークレー国立研究所に依頼した。

 その結果、このKT境界には他の地層の30倍ものイリジウムが含まれていることが判明した。

 イリジウムは、隕石に含有するなど主に地球外に存在し、宇宙から緩やかに地上に降り注ぐことで地表、海底に薄らと堆積している。

 KT境界だけに何故このように大量のイリジウムが存在するのか。一体、このイリジウムは地球外のどこから運び込まれたものなのだろうか。

  アルバレス親子は、考え尽くした結果、ある仮説に到達した。

 このイリジウムは、巨大隕石の衝突によりもたらされたものである。隕石の大きさはおよそ直径10Km。エベレスト山より大きく、マンハッタン島と同じ規模である、と。

 そして、もう一つの画期的な仮説。

 ジュラ紀における恐竜の絶滅は、この巨大隕石の衝突によりもたらされたものである。今から、およそ6600万年前に起きた大事件であると。

 エベレストとマンハッタンの比喩は、冒頭に書いたベック大統領会見においても全く同じものが用いられている。

 当たり前だが、有識者の多くはこの説を信じなかった。

 無理もない。荒唐無稽である。

 旧権威の側にいた人たちは言った。「証拠は?」

 証拠となるはずのクレーターは、計算では直径200Km程度と推算された。

 地上にあれば、誰が見ても分かるはずの巨大クレーターである。しかし、世界中見渡しても、そのような巨大モニュメントはどこにも見当たらなかった。見つからなかった。

 

 1978年、資源探査家のグレン・ペンフィールドは、メキシコ石油公社の依頼を受け、メキシコ湾ユカタン半島で油田探しをやっていた。

 彼は、航空機搭載の磁気センサを使ってユカタン半島沖の海底地形調査に没頭していた。

 彼は、海底のプロット地図を作っていてあることに気がついた。

 ユカタン半島の沖に、巨大な半円形の模様が存在するのだ。それは、直径180Km。関東地方がすっぽりと入ってしまうほどの大きさだった。そして、その模様の延長は地上にあるものと一致し、見事な円形を描くのだ。

 彼は、これまでの経験からこれが火山の後ではないことが分かっていた。これは、紛れもなくクレーターだ。彼は確信していた。

 しかし、この発見はメキシコ石油公社の意向により公にされることはなかった。いや、一度だけこっそりと表にでている。1981年12月13日付けヒューストン・クロニクル新聞にユカタン半島沖の巨大クレーターについて報告記事が掲載されていた。

 

 大学院生であるアラン・ヒルデブランドは、「アルバレス仮説」の熱烈な支持者だった。彼は、何としても仮説の証明となるクレーターを発見したいと思い日夜探検(証拠探し)に励んでいた。

 1983年、彼はテキサス州ブラジス川にある地層で、とてつもなく幅広いKT境界を発見する。通常、1cm程度の境界がここでは1mも存在するのだ。

 境界に含まれる岩石を分析した結果、そこに津波による堆積物が多く含まれることが分かった。

 「6600万年前、この地域で大きな津波があったのか?それも桁違いの巨大津波が…」

 彼は、この幅広い体積が「アルバレス仮説」の証明になるのではないかと考え、隕石の落下位置を推算した。

 テキサス州の沖、メキシコ湾からカリブ海までの間。

 中間点はユカタン半島になる。

 ヒルデブランドは、ユカタン半島に目をつけた。

 その時、とある記事を思い出した。グレン・ペンフィールドヒューストン・クロニクル新聞に投稿した記事だ。

 ヒルデブランドは覚えていた。あの記事を…。

 やがて、ヒルデブランドとペンフィールドは共同でユカタン半島の調査をすることになる。

 1991年、ユカタン半島沖で採取された岩石から ”衝撃石英” が採取される。

 これが決め手となった。

 落下跡は、現地の地名をとって「チクシュルーブ・クレーター」と名付けられた。

 エリーは実在したのだ。

 今、「巨大隕石衝突による恐竜絶滅」を否定する人は少数派だ。

 

 エリーの正体をつかんだのは、天文学者ではなかった。

 解明は、門外漢と言える人たちの共同作業により、偶然成し遂げられたと言っても良い。

 6600万年前の出来事…

 

 

 

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