オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

威嚇と挑発の行方

 少し前の話。

 夕刻、厚木の市街地を車で走っていた時、長い塀の向こう側に何台かの車が止まっており、人だかりが出来ているのを見た。

 「何だろう?何かあったのかな…」

 辺りは既に薄暗くなっていたが、門から出てきた人たちが黒い服を着ていることは認識できた。

 弔事か…?お葬式?

 その時、小柄な男がこちらに向かってきた。距離はまだおよそ10m少しはあったかと思う。

 男は両手をポケットに入れ、体を左右にクネクネ曲げながら、首もコキンコキンと傾げつつ、奇妙・奇天烈な歩き方でこちらに向かってきた。

 かなり、異様な歩き方だった。失礼ながらどこか体が悪いのかと思ったほどだ。

 私は車を止めた。

 すると男は、すぐさまこちらに手のひらを向けて車を制止するポーズをとった。

 見ていると、大きな門から何台かの黒塗りの車が出て行った。

 周りの黒服(喪服)の男たちは頭を下げて車を見送っていた。

 このようなシーンは映画やドラマで見たことがある。

 実物を見たのは初めてだ。

 本当にこんなことやるんだ…。ビートたけしの映画はリアルだったなぁ、と思った。

 男の行動はとても分かりやすい「威嚇行動」だったと言える。

 薄暗くやや狭い市街路で通り過ぎる車を止める手段としてはかなり確実・有効的なやり方。

 あれで止まらないのはヤンキーが運転する車くらいであろう。

 一般に、人はおかしな・見慣れぬ・奇妙なものを視認した時、思わず立ち止まり何があったのか確認しようとするものだ。

 しかし、お葬式で参列者の送り迎えをやっているのだったら、あんな方法でなくてもこちらは道を譲る。何人か塀沿いに組員を立たせて置けば良いじゃん。

 見りゃ、何やってるかくらい分かるよ。

 それにしても、あのクネクネ男はいい仕事をした。

 

 「挑発」と言うのは相手が先に手を出すことを狙い、それを誘発するために行うものだ。こちらが先に手を出せば「先制攻撃」。それでは都合が悪い場合に人は挑発を行う。

 「先にやったのはお前だろう。こちらはやむを得ず防衛行動をとっただけだ。これは国際法で認められている」

 その内容がたとえ過剰防衛だとしても「大義名分」が欲しい時に、人・組織・国家はこのような行動をとる。

 

 「やれるものだったら、やってみろよ。俺はお前なんかに負けるわけがない。何故なら、XXXXXXだからだ。ほら、やれよ、やってみろよ。ほ〜ら、ほ〜ら、お前のかぁちゃん、でべそ〜。」

 こう言われると、”男”たるもの黙っていられない。特に「かぁちゃん、でべそ」は許されない。

 こんなことを言われて反撃しないようでは、今後も相手から、とことんバカにされ続けることになる。

 それに、おそらく私の母は「でべそ」ではない。人のことをバカにするにもほどがある。絶対に許さない。

 と、まさに子供の喧嘩状態であるが、かように単細胞の男を挑発することはさして難しいことではない。

 この心理、女性には理解不能かもしれないが、バカな男たちが愚かな喧嘩を始めることに大きな理由は不要なのだ。

 諍いはいとも簡単に起きる。

 当事者が「バカ」であれば…。

 

「無謀な先制攻撃妄動に狂奔すれば、軍は警告もなく、最も壮絶な懲罰の先制攻撃を見舞うであろう」

 「世界がこれまで目にしたことのないような炎と怒りに直面することになる」

 どちらの指導者も第3者からすればとても分かりやすい「威嚇と挑発」をやっている。

 ガチンコ勝負の結末は誰の目にも明らかであるが、それは大いなる破滅をも意味する。被害は広範囲、大規模になることは間違いない。

 2大国が、この無意味な喧嘩を傍観しているのは、当事国に国境線を有するからだ。不要にどちらかに加担したことにより、おかしなことに巻き込まれるのは迷惑千万だ。

 周辺の2大国は思う。

「ミサイルやICBMなんぞ、勝手に作らせておけば良い。どうせ、こちらには打てない。もし撃ってきたら、1万倍にして返してやるだけだ。最終的には人と兵器の数の多い方が勝ち」

 …傍観できる。

 万一の時にだけ、国境線には大規模な地上部隊を配置することだろう。それだけ。

 それ以外のことに首を突っ込んでも得することは何もない。

 この2大国は、国際社会での名誉ある地位を追求している訳ではない。現実の行動原理はその逆だ。だから今後も傍観する。

 

 一方、我が国の状況。

 もし、海を隔てた2国間で紛争が起きれば、間違いなく何らかの巻き添いを食うことになる。

 その時、ミサイルが何発飛んでくるか不明だ。

 相手にとっては、1発撃ってしまえば後は何発撃っても同じこと。よって、ありったけのものを腹いせにぶち込んでくる可能性がある。

 勝敗の行方に関係せず、私たちは道連れだ。迷惑千万。

 くるのはミサイルだけではない。

 日本海側の海岸線に向けておぞましい数の工作員が漁船に乗ってやってくるであろう。

 彼らは、ひょっとしたら体に爆弾を巻いている可能性もある。彼らは死を恐れない。面倒なことになる。

 海上保安庁は、広大な日本海沿岸線を守りきれるだろうか。

 彼らは、恐らく闇夜に紛れてやってくる。

 民間人を巻き込んだ海岸線での地上戦は避けられない…

 

 相手は挑発を続けているが、私たちに「先制攻撃」は許されていない。

 1打目を受けた後の反撃行動にしても、私たちがイニシアチブを取ることはあるまい。安保条約に基づいて長兄の言う通りに動くことになる。私たちには殴られ損になる。

 永田町では、早速「存立危機事態」を拡大解釈することにより、弾道ミサイルを迎撃して見せ、我が国の忠誠心を長兄に示そうとの議論が始まっているようだ。

(やっぱり、あいつらはそう言う企みをする輩だったのだ)

 

 因みに、グアム・ワシントンを狙って発射されたICBM日本海に配置されたイージス艦から迎撃することは恐らく不可能だ。

 ICBMが愛媛・高知の上空を通過する頃はまだ宇宙空間に向けて加速中の段階。

 対艦ミサイルは追いつけない。

 標的はミサイルではなく大陸間弾道弾だ。

 第1宇宙速度(7.9Km/sec、28,440Km/h)を出せるロケットでないと、ICBMには追いつけない。因みに、同じ速度を出せることと命中することは技術的な難易度に違いがある。

 「本当に迎撃できるのか?」との議論は、相手がミサイルかICBMかで全く内容が異なる。

 史上かつてICBMを迎撃した実例はない(当たり前だ。撃たれたことがない)。

 イージス艦が迎撃するのは「ノドン」までだ。

 

 それよりも、余計なことをすると、長兄より先に当方がカリアゲ君の先制攻撃を受けることになる。

 悔しいが我が国にはどうすることもできない。

 先制攻撃は不可。

 報復攻撃も限定的。対立を終結させる武力を日本は単独では持ち合わせていない。喧嘩の行方は長兄次第だ。

 これが私たちの行く道だ。

 

 この睨み合いは当面継続するだろう。

 カリアゲ君には、この挑発と威嚇をやめる理由がない。

 やがて、30年も経つと長兄たちに匹敵するロケット工学技術を有するようになるだろう。

 そして、繰り返しになるが大国はこれを武力行使してまでは止めない。なぜなら、既に保有しているものにとっては当たり前の武器(おもちゃ)であるから。そして先ほども言ったが、どうせ撃てない。

 キリキリしてまで話し合うほどのことではない。焦るのは日本と半島の南側だけだ。

 

 長兄からは、やはり先制行動はできない。

 だから膠着は続く。

 いつまで?

 少なくとも、双方の指導者が交代するまで。

 しかし、カリアゲ君はまだ30年くらいは現職だろう。

 2050年にもなれば、6ヵ国の代表は全て交代しているはず。

 この頃まで、事態は進展しない。

 その頃、日本はどんな国になっているだろうか…

 今、2017年の夏。