オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

湘南・夏

 コン、コン!コン、コン!

 部屋の扉を何度か叩くと、jeanは眠そうな目をしながら顔を外に出した。

「寝てた?」

 jeanは、酒臭かった。

「うん・・・。今どき、何の用?っていうか、今何時?」

「12時過ぎた頃」

「ゆず、何の用よ・・」

「jean、江ノ島に行きたい。今から」

「・・・。何でよ・・・」

「週末の夜だから。夏だから。やっぱり青春は湘南だろ・・」

「おまえ・・・、アホか?」

「いや、結構真剣。お願い、車出して!」

「・・・」

 jeanは、数秒考えたふりをした。そして言った。

「仕方ないなぁ〜、準備するからちょっと待って」

 私は、jeanがお願いを断らない事を分かっていた。そう、彼はこういうミーハーな誘いが実は大好きだ。

 夜な夜な、大阪と奈良の県境を走り回ってきた彼は、夜のドライブが大好きだ。天保山の夜景が好きなのだ。

 湘南海岸の夜景も大好きなはずだ。それに、江ノ島に行けば、彼の同類項がわんさかタムロしている。彼の血は騒ぐに違いない。

 確信があった。

 週末の夜、部屋でjulioと飲んでいた私は、話の成り行きでどうしても湘南に行きたくなった。しかし、手段がない。

 どこかへ遊びに行くとき、いつもは、julioのバイクの後部シートに乗せてもらっていた。彼は、東京で生まれ育ったこともあり、この辺り(湘南界隈)の地理には詳しい。

 湘南を始め、新港埠頭、金沢八景本牧、根岸、湘南平等、ちょっとした所によく連れて行ってくれた。

 由比ケ浜のマックを教えてくれたのもjulioだ。「渋谷センター街のマックより、ここの方が凄い。色んな意味で日本一だ(恐らく来店する女性の質を言っている)」と言っていた。

 しかし、今日のjulioは「飲んでいる」のでNGだ。

 彼は、元暴走族であるが、「安全」と「地球環境保全」にはことさらウルサイ。今晩はjulioに運転を頼むのは無理筋だ。

 そこで、julioと相談した結果、週末のこの時間に湘南まで走ってくれる仲間と言えば「jeanしかいない!」と言う事になった。

 

 jean、julio、ゆずの3人を乗せた56年式グロリアは、夜の1号線をひたすら西に走った。鎌倉街道を経由して、やがて134号線に出た。jeanは機嫌が良かった。

 「いい感じ」で、車を江ノ島に向けて走らせた。

 江ノ島に着いたら、もう1時は過ぎていた。

 jeanが誘うので、私は彼と駐車場で50m走をした。jeanは、高校時代陸上部にいたスプリンターだ。しかし、酒の残った彼は、酒を補給し続ける私よりも遅かった。

 夜中の江ノ島で、2人は訳の分からんことをしていた・・・

 

 埠頭を見ると、若い男が2人、女が1人、腰掛けている。

 jeanが真っ先に声をかけた。

「こんばんは。どこから来たん?」

「俺?平塚・・・。あなた大阪の人?」

「何でわかったん?」

「いや、分かるよ・・・」

「そう。2:1(男女比)やね」

「うん。高校の同級生」

「あなたも大阪の人?」

 女の子の方がゆずに声をかけた。

「うん、jeanとおんなじ(同じ)。姉ちゃんがいるのもおんなじ。その年もおんなじ」

 ゆずがそう言うと彼女は笑った。

「私、関西の人の話し方、大好き!」

 ゆずが照れていると、彼女は男達を誘った。

「皆で遊ぼうよ」

 5人の男と1人の女は真夜中の片瀬海岸で無邪気に遊んだ。

 皆、水着を持っている訳ではない。ズボンの裾をめくって海に入った。彼女は短めのスカートだった。

 時はしばらく静止してくれていた。

 

 気がつくと、jeanとjulioが見当たらない

 ゆずが辺りを見渡すと、jeanは、駐車場で怖いお兄さん達と親しそうに喋っていた。

 一方、julioはどこにも見当たらなかったが、数十秒後に海面にクジラのように浮上した。闇夜に現れたクジラに皆が大笑いした。

 ゆずは、しばらくの間、膝上くらいの水かさの場所で彼女とたわいのない話をしていた。好きな音楽は何、ミュージシャンは誰?、好きな本、最近見た映画、行ってみたい所、高校の時の思い出、など・・・。

 突如、ゆずは背中に何か気配を感じた。

 「ザバッ!」という大きな音とともに、ゆずは足をすくわれ、頭から海中に突っ込んだ。

 男の一人、タロの仕業だった。

「ベロベロ〜」

 タロが嘲笑った。

 タロがゆずと彼女との会話をインターセプトしたことは明らかだ。

 ゆずは、関係ないのにもう一人の相方、ジロに飛びかかり海に沈めた。彼女は叫びながら大笑いした。

 やがて、jeanを除く5人は、ずぶ濡れ姿で海岸線に引き上げてきた。あとで駆けつけたjeanは、5人の姿を見て大笑いした。

「お前ら、喧嘩でもしたんか?」

「いや、タロとジロが・・・」

 皆、再度大笑いした。

 満たされた時間が、ゆっくりと流れていた。

 

 それから数時間後、男女6人は分かれた。

「それじゃぁネ!」と彼女は言った。「またネ!」ではなかった。

「ゆずは、大阪の彼女によろしくネ」というオマケ付き。

 

「jeanは、あそこで誰と話してたの?」

「ゆず、あいつらの車、凄いぞ。半端じゃない!かなり手が入れてあった」

「ゲッ、族かい・・」

「jeanは、まだまだ若いね」

 そう言うjulioは、jeanより5つ年下だ。しかし、その手の事は既に卒業したらしい。

「ゆず、あの子のこと気に入ったの?」

 2人は聞いた。

「・・・、少し・・」

「大阪の彼女に怒られるよ〜」

 車は、夜の1号線を今度は東に向かって走っていた。

 

・・・・・

 

 今日、逗子海岸の海水浴場が湘南の中で真っ先に「海開き」したとのこと。

 鵠沼海岸や由比ケ浜は、7月1日じゃなかったか?随分と早い。別にいいけど。

 今年は、海の家を除く場所での音楽の演奏や喫煙、飲酒に強い制限がかかったとのこと。

 地元としては、観光客には大勢来てもらいたいが、それにしても、一定の節度、常識を持って遊んでもらわないと、住民の人達の生活環境が維持できない。

 近年、深夜の海岸での花火騒ぎ、乱痴気騒ぎがひどく、昼間も海の家が大音響をたてて営業をする等、以前からの湘南を知っている人達にとっては常軌を逸した状態が続いていたそうだ。

 これ以上、地域の風紀を乱したくない、一定の節度をもった行動を期待したい、との地元の方々の願いはもっともだ。

 リゾートとは言え、物事には限度がある。

 ここ数年の喧噪、混乱の現状を見ると、一体どういう思考をもった人達がここで商売を行っているのかと疑ってしまう。

 いくら何でも、麻布や六本木の風俗営業のやり方をそのまま湘南に持ち込んだりしたのでは、地元の反発を食らうのは当たり前だ。ここは、湘南であり東京ではない。そんなことは、麻布十番でやれば良い。ここにはそれに相応しい風情が必要なのだ。

 

 私がこちらに移り住んだ頃から、湘南海岸に「音楽」は流れていた。BGMとして。

 入れ墨のお兄さんも全くいなかった訳ではないし、青学の学生が学生証を見せながら、よく女の子をナンパしていた。決して、品行方正なだけの海岸ではなかった。

 湘南の海に「音楽」が邪魔な訳ではないと思う。加山雄三だって、きっとそう言う。桑田も。

 だからと言って、好き放題、酒を飲んで踊り狂う施設をそこに作ってしまえば、「よそ者が、何という常識はずれのことをやっているんだ」と地元の人達の怒りを買い、その結果として良識・節度のもとでの「排除の論理」を突きつけられる事は当然だろう。それもまた道理だ。

 

 「商売だから」だけでは継続は難しい。ここは、何をやっても許される場所ではない。

 出展者としては、面倒であっても「湘南らしさ」を演出してこそ、地元に歓迎される、受け入れられる、そして「事業継続性」が確保される。それが「共存」の道だ。

 今回の規制については、自分たちで責任をもって片付ける事を条件に、海岸での飲酒・喫煙くらいは認めて欲しいと個人的には思っている。こうなったのも自業自得であるが。

 

 「夏の湘南」は、人を引きつける魅力、ブランド性がある。

 少し「解放された気分」がここで得られることを皆が知っている。

 これからも素敵な場所でいてほしい、と思う。