オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

What a feeling!

 アレックスの手と足は震えていた。 

 そのせいか、アレックスは、冒頭のスピンの出だしで倒れてしまった。

 オーディション会場の空気は、さらに凍り付いたように感じられた。

 

 心が折れそうだった。

 アレックスは思い浮かべる。

 さっき、神父様に告解したばかりだ。「夢を諦められません。私は自分に嘘をついている」と。

 フィギアスケーターを目指しながら挫折した親友のこと。

 努力してもコメディアンとして大成出来ないその彼氏のこと。

 身寄りの無い自分の事をずっと見守り、励まし、寄り添い、そしてついこの間、天に召されたあの人のこと・・・。

 「夢を諦めるのか」

 「それは、君が死ぬのと同じだ」

 と強く肩を押してくれた彼のこと。

 

 「やり直します。いいですか?」

 審査委員の誰も発言せず、頷くものもいなかったが、アレックスは持参したレコード盤の先頭にもう一度針を落とした。

 

 バラードのような曲が流れる。彼女は、流れようなダンスを見せる。しかし、伝統的なバレエのシーンを熟知し過ぎている審査委員達には、それは邪道なもの(ダンス)に見えたに違いない。

 曲の流れが変わる。

 アップテンポな進行。「What a feeling!」というセリフ。

 アレックスは、フロア全面を使って独特のダンスを見せる。それは今でいうジャズダンスでありブレイクダンスだった。

 それに審査委員達が目を奪われるのは当然の事。

 このような踊りは、正式なダンスレッスンを受けたものはやらない。

 そう、アレックスは、交差点で交通整理を行うベテラン警察官や、下町でストリートパフォーマンスをやる子供達からヒントを得てこの独自のダンスを構成し、舞って見せたのだ。

 先ほどをから鼻をかんでいる審査委員の一人が、それを曲に合わせるようになる。全ての審査委員が彼女のダンスに釘付けになる。皆が足踏みで彼女のダンスにエールを送る。

 審査委員の中の一人の女性は、涙を流してアレックスのダンスに拍手を贈った・・・

 

 オーディション会場を駆け出すと、そこにリボンをつけ正装した愛犬と彼が待っていた。

 彼氏はアレックスの表情から”合格”を確信し、愛犬の手を取りながら背中に隠していた花束を差し出した。

 熱情的な抱擁のあと、アレックスは花束から一輪のバラを抜き取り彼に差し出した。

 会話は何もない・・・

 しかし、彼女が「ありがとう」と心の中で呟いたことは見ている誰もが分かっていた。

 

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 「”フラッシュダンス”で、アレックスがTシャツを着ながら、彼氏の前でブラを外すシーンを覚えてる?」

 「うん、覚えてるよ」

 「あんなこと、本当にできるの?」

 「できるよ。こうやって、こうやって、こうすれば〜、ほら、外れた」

 「何か、ムラムラする・・・」

 

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 「フラッシュダンス」は、当初B級映画と言われながらも全世界でヒットした。

 1983年のこと。

 この映画には「夢を諦めない」というメッセージが強く込められている。

 そして、American Dreamとは言っても、その夢を実現することは容易なことではない、ということが丁寧に描かれている。

 今見ても、涙が止まらない・・・