「規制」は誰のために
自民党が国会に提出しようとしている所謂「酒の安売り禁止法」は、予想通り、ネットのあちこちで話題になっている。
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http://www.yomiuri.co.jp/economy/20150414-OYT1T50090.html
自民党の族議員が、特定の利益者を代表して既得権益を守ろうとする行為は、自民党結党以来営々と続いてきた伝統的政治手法であり、昭和の文化でもあるので、これだけをとらえて特段に驚く人はいないと思う。
しかし、この法案、実に厳しい罰則規定を想定している。
法律の定める取引基準に従わない値引き業者(具体的には仕入れ値を下回る割引率になるのであろう)は、氏名公表を行い、免許取り上げまであるとのこと。
これは、実質的な営業停止処置であり、まさに「厳罰」だ。
他にも、何やらよくわからない研修受講義務を課すなど、訳が分からない内容となっている。
理由は、「過度な値下げにより乱売となり良質な小売店まで淘汰されると、消費者にもマイナスとなる」からだと。
「へそが茶を沸かす」とは、まさにこのこと。
私は「良質な小売店」とやらが一体どこに存在するのかを教えてほしい、と思っている。「良質」って何のことなのだろうか…
大規模小売店鋪=悪:巨大資本の象徴
商店街の酒屋=善:庶民の象徴
の図式。
昭和だ。昭和過ぎる。サザエさんに出てくるご用聞きの酒屋さんの世界だ。
一体どれほどの票田を見積もってこのような意味不明・無意味な政治行動(法案提出)を計画しているのか知らないが、街中の酒販店の数よりも遥かに大多数の国民のヒンシュクを買うことは間違いない。
いや、あるいは選挙での票目当てなのではなく、廃案承知の政治ポーズなのかもしれない。
法案は、議員立法で提出されるようであるが、言い出しベーは超党派議員連盟と聞く。
あまりに陳情が多いので、利害関係者のガス抜きをやろうとしているだけの可能性もある。
「お酒」は、ずっと昔から政治(税制)の道具として支離滅裂に扱われてきた歴史がある。ある意味、もっとも理性的・論理的ではない税制の一分野である。
「ビール」などはその最たるもので、この数十年間で相当な見直しが行われたにもかかわらず、あの突き抜けるような税率の高さの理由は、一般庶民には到底理解不能だ。
過去からの酒の税制を俯瞰すると、日本の政治理論が透けて見えるようだ。
とても歪で不細工で、見るに耐えられない税体系である。
さて、私は、いかなる法規制を行おうと、「良質な小売店」を守ることはできないと思う。そんなものが存在するかどうかは別にして。
彼らが絶滅に瀕していることは知っている。
しかし、だからといって、酒の値引き競争を無くせば、彼らは復活できるのか?永続的な存続、繁栄が約束されるのだろうか。
どこで買っても、酒の値段が同じであれば、果たして人々は、商店街にお酒を買いに行くようになるのか?
それはない…
似たようなことは、街の本屋さんにも起きている。
ジュンク堂と街の本屋さんが隣同士にあれば、皆、ジュンク堂に行くとは思う。これは、少なくとも、ジュンク堂の方が本の値段が安いからではない。
そもそも、本の値段はどこでも同じだ。
人がジュンク堂に流れるのは、そちらの方が品揃えが多彩であり、そこに好きな本を選択するための心地よい空間があるからだ。それがお店選択の理由になる人はいる。
因に、街中の本屋さんの品揃えが大型店に劣っている、と言いたいのではない。狭い本棚の中に、如何なる種類の本をセレクトするかは、そのお店の腕の見せ所でもある。
しかし、そのジュンク堂も、街の本屋さんも、アマゾンやヨドバシに追いつめられつつあるのが今の状況だ。
問題は「価格」だけではないのだ。
街の、商店街の酒屋を救う手段は、・・・恐らく ”価格”ではない。
そもそもビジネスモデルがあまりに古く、現在のニーズにマッチしていない。
大型安売り酒店であっても、ネットで「送料無料」のディスカウント店が出現したら、恐らく駆逐されてしまうのではないかと思っている。
理由は、お酒を買いに行くこと自体は「面倒」だからだ。
多くの方は、自分の嗜好する酒の銘柄は決まっているのではないか?
であれば、新製品以外はネットで十分。お手軽に発注できるし、無料配送であれば言うことなしだ、
新製品は、イトーヨーカドーで試飲すれば良い。因に、近頃のヨーカドーはお酒も量販店並みに「安い」。恐るべし…
奇天烈な価格統制を法律で堂々と行いながらも、業界体質・競争力に一向に改善が見られない業界がある。
「タクシー業界」だ。
この業界を見ていれば、政府が如何に市場に関与しようとも、救いようの無いビジネスモデルが存在することが理解出来る。
いや、逆だと思う。
政治の関与が健全な業界発展を妨げたのだ。
この業界、以前は規制だらけで新規参入が事実上不可能な状況にあった。
その後、規制緩和により過当競争が起きた。
その結果、過当競争防止のため、政治による価格統制と新規参入制限(総量規制)が実施された。そして、幾度となく利用料金の値上げは行われた。
前回値上げは、ドライバーの処遇改善に当てると業界は言っていた。
ではその後、彼らの処遇はどうなったのであろうか?
駅前では、今日も、何十台ものタクシーが何をする訳でもなく列をなしている。
市民は皆、バスを使っている。
当たり前だ。バスの方が圧倒的に安い。誰も晴れた日にタクシーは使わない。一方で、雨の日にタクシーは一向に捕まらない。
値上げで客が離れ、運転手はますます暇になって嬉しいかも知れないが、当然、実入りも増えないであろう。
値上げによるドライバーの処遇改善は、絵に描いた餅であったのだ。
だれも、このようなこと、望んでいなかったはず。
一体、誰のために「値上げ」を行ったのか…
話は戻って「酒の安売り禁止法」
アル・カポネとエリオット・ネスの死闘を描いた名作「アンタッチャブル」を想起する。
天下の悪法 ”禁酒法” の存在があの2人を闘わせた。
歴史に名を残す悪法が日本に誕生するのであろうか…
しかし、それにしても、
「良質な小売店の保護」とは…
全くもって、おかしなことを発案する政治家がいるものだ…