オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

虚しい70回目の夏

 母親の実家には、海軍の白い軍服を着た兄の遺影(私にとっては叔父)があった。

 先の戦争で戦死したと聞いている。

 また、母のすぐ上の叔父は特攻機に乗る予定であったが、寸前で終戦を迎えたと言っていた。

 先日逝去した一番上の叔父は、戦地から無事帰還し、96歳で大往生を遂げた。その叔父から、戦争についての話を聞いたことは無い。

 私の父は、戦時は国内の軍需工場に務めており軍隊には行っていない。母は父のことを「卑怯者」「いくじなし」と罵っていたことがある。

 二人の兄を戦争で失っている母にとっては、兵役を避けた父に許せない感情があるように見えた。

 そもそも夫婦仲は良くない。

 亡くなった兄達が自分に対し大変優しかった反面、父は乱暴者。

 そのくせ、戦争に対して男らしくない態度・生き方をとった父が、母は許せなかったのだろう。

 「男らしくない」とは兵役を "志願しなかった" ことだと思われる。

 戦闘機の上で終戦を迎えた(健在)叔父は、特攻隊を志願していたそうだ。

 当時、前線に行きたいと思えば、お国のために特攻機で散りたければ、簡単に適う世の中だったのかもしれない。

 母からは、良いとこ無しの言われようの父だが、別に同情はしない。

 その時代のことは、私には分からない…

 因に、母は歴代天皇の名を全て言えるそうだ。学校では、そればかり覚えさせられたらしい。

 

 当時の日本国民は(国に、新聞に煽られた末)「鬼畜米英」と叫び、喜んで戦争に突入していった、みたいな言われ方がされることがあるが、私は不愉快である。

 まるで、戦争責任の一端が一般国民にもあるように聞こえる。

 個人の思想・信条は、本来は自由の筈。

 当時の国民が、どこの国に敵愾心を持とうがそれは人の勝手。

 (当時の憲法に「思想の自由」は歌われていなかったかもしれないが)

 軍部の尻馬に乗って「USAを倒せ」と一旦は国民も言ったのだから、戦争責任は政治家・軍部にのみ存在するのではない、との言い方は暴論だ。責任転嫁も甚だしい。

 例え国民が「XXを倒せ!」と言っても、それを諌める、止めるのが政治家・リーダーの役割であろう。「お前ら(国民)がUSAと戦争しろと言ったからやったんだ」などという言い分が通る訳がない。

 また、例え、当時のUSAを除く世界列強国の多くが帝国主義を掲げていたとしても、中国侵略の正当性など担保されない。

 「皆が信号無視していた」としても「私は赤信号では横断していない」「信号無視しても良い」とは言えない。

 事実と正義は、曲げられない。

 

 ある国は、過去に周辺国に悪いことをしたらしい。

 それは一般的には "侵略" と呼ぶらしいが、彼の国では「大陸への進出」と言っているらしい。また、他国の領土を一方的に戦車と戦闘機を使って占領することは「事変」と言う。

 因に他国の植民地を武力で強奪することは「共栄圏の建設」と表現されている。

 

 20年前に、その国のリーダーは、それらの行為について、自分の言葉を用いて正直に謝った。

 10年前は、その時のリーダーは、やはり自らの表現を散りばめて、改めてお詫びを表明した。

 今年のその日を前に、リーダーが声明文(談話)を出した。

 「前の二人と考えは同じ。これまでも謝ってきたし、今後も揺るぎない」とのこと。

 彼の読み上げた文章の多くには主語が無かった。

 「私はこの国を代表してお詫びします」と、彼は言わなかった。

 

 A君「ごめんなさい」

 B君「すみませんでした」

 C君「A君、B君と同じ考えです」

 

 ・・・・

 

 C君は謝っていない。

 謝ったようなことを言っているが、謝っていない。恐らく、本当は謝りたくないのだろう。

 C君の長ったらしい文章から抜粋…

 

「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。 」

 

 これにも主語が無い。

 「事変、侵略、戦争。国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。」 

 と言っている。その国の憲法にも極めて似通った条文が9番目にある。

 先日、彼は、世界情勢が変わったので9番目の憲法条文の解釈を変更すると言っていた。

 では、昨日の表現も、周辺国には普遍的な「不戦」の意思表明とは受け取られないだろう。

 因に彼は「過去にしたこと(侵略)が悪いかどうか」は、自分ではなく歴史家が決めると記者会見で発言している。

 やはり、謝っているようには聞こえない。

 人を殴っておいて「愛情表現だ」と言っているみたいだ。

 

 「植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。」

 これ・・・、誰のことを指しているのか分からない。

 80年前にその国から悪さ(侵略)をされた国は、今、南沙諸島に埋め立て地を建設している。これのことだろうか・・・?

 それとも、80年前にその国の東北地区に、自分達が建設した傀儡国のことを言っているのだろうか?

 「80年前にされたこと、今、お前やってるよね?」

 「皆、似たようなこと、やってんじゃん」

 そう言いたいのか?

 やはり、謝っているようには聞こえない。

 

 謝る気が無いのであれば、C君は発言すべきではなかった。

 彼は、記者会見の内容も、国営放送での説明も、だらだら喋っているだけで、私には内容が理解出来なかった。

 長く話す割には、内容が、要点がさっぱり伝わってこないのだ。

 何故だろうか…。

 

 70回目の夏。

 今年の夏は、暑く、そして虚しい…