オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

緩やかな衰退

 総選挙が終わり1ヵ月。新政権(代わり映えしない)が発足した。

 現在、首相の所信表明演説与野党の代表質問が行われている。

 しかし、興味がわかない。

 選挙終了後の1ヵ月間、極度にTVを見なくなった。新聞も見出しを追っているだけで内容はほとんど見ていない。見ているものも、そのほとんどが斜め読み。

 社会、経済のことに興味がなくなったのだ。また、TVは何を見ても本当にくだらなく見えるので脳が拒否している。

 頭の中が、思考が萎えてしまっているのだ。虚脱感で。

 

 国民は、総選挙の結果、現状維持を選択した。消極的であっても。そして、今の選挙制度は消極的であっても与党に2/3の議席を与えうる仕組みになっている。

 結果、現政権は恐らく戦後最強の基盤を有することになった。

 ABEは思うがまま何でもできる。

 枝野代表が言ったように「現憲法を守らない」政権だ。

 法律を無視してでも、やりたいことは何でもやるだろう。

 モリカケ問題にあるように、社会常識に反することも道徳に外れることでも、恥を知らない連中の集まりなので御構い無しだ。

 国民は、現政権は民主党よりマシ、あまりよろしくないが最悪ではない、考えようによってはまあまあだ、よって、他を選ぶことは少なくとも今より悪い選択になる、そう考えたのだと思う。

 だから、現状維持を選択した。選択せざるを得なかった。

 わからないでもない。

 

 しかし…、だ。

 既に、政権公約は綻びを見せている。

 教育無償化や子育て政策は、選挙中は景気のいいことを言っていたが、早くも方向転換を始めている。

 公約には入っていない「入出国税」「森林環境税」「サラリーマン増税(税額控除の件)」「たばこ増税」が議論されている。

 何故、このように国民負担につながる話ばかりが出てくるのか?

 当たり前であるが ”財源” がないからだ。

 こればかりはどうしようもない。

 今のままの国家財政の仕組みを維持していれば、財源が足りないのは当たり前だ。これは、ABEが首相であろうがなかろうが関係ない。

 仕組み(財政収支)がそうなっている。

 だから、「安定した社会福祉」「明るい未来」を希求するのであれば、少なくともこの仕組みを変えなければならない。

 支出の抑制もある程度は必要。しかし、失われた20年の議論経過を踏まえると「削れる支出」は限りなく少ない。民主党政権がそれを証明した。

 議員数削減も良いかもしれないが、それは精神論であって政策的には国家財政への寄与はほとんどゼロだ。意味はない。

 社会の安定のためには、さらなる ”財源” が必要なのだ。

 だから、ABEでなくても「消費税10%」はいずれ施策遂行される。

 だが、これでは足りない。まだまだ足りない。

 あちこちの無責任なシンクタンクが吹聴しているが、プライマリ・バランスだけで考えれば、消費税は25%でも足りない。これは社会・経済構造の「変化」を無視した算数としては正しいことは皆分かっているはずだ。電卓があれば誰でも計算できる。

 すぐ先の税率見直しが迫っているが、その前提、判断材料としてのGDP成長率がこれまでと比べて飛躍的に改善されることは考えにくい。

 次の消費増税は理屈抜きに実施されると思う。現政権は民意を問わない。そのような丁寧な手続きは踏まない。

 少なくとも彼ら(自民党)はそう考えている。これまで、全てのことはそれ(手続き無視)がまかり通っているのだから。

 国民所得は今後もそう伸びない。

 いくら法人税を下げても配当と内部留保に回るだけで賃金には還元されない。これも証明済み。

 法人税収の減少分は、森林保護税などの目的税により補完される。そうするしかない。

 何故なら、他に財源がないから。消費税はABEが社会福祉以外にも流用できるようにしてしまったが、そうは言っても10%に引き上げたら、流石にその後当面はいじれないだろう。

 だから、他の手段を使うしかない。それが目的税

 国民の負担は今後ますます増える。

 腹がたつが、理不尽に思うがどうしようもない。

 それが私たちがした ”選択” だ。

 消極的であっても与党を、現状維持を選択したのだ。

 今の日本において「変わらない」とはこのことを意味している。

 全てが何も変わらない、ことはあり得ない。

 政策・制度は政権によらず絶えず変化する。

 国民負担の増大、将来への不安といった要素はそのままで…

 

 緩やかな衰退の道が「変わらない」だけ。

 今の政権には、この道を変えることはできない。政策的にも、理念的にも。

 法人税を下げて消費税を上げることが結果的には社会福祉の安定につながる、と直線的に考えている人たちは政治家・経営者・学者にも結構な割合で存在する。

 そのような人たちが政治に関与する限り、この道は変わらない。変えられない。

 多くの国民が選択した「現状維持」は、残念ながら安定を意味するものではない。

 ゆっくりと浸水している船に乗っていることに変わりはない。

 

 本当の安定は、「変化」の向こうにしかない、と私は考えていた。

 本来、その意義を問うのが10月の総選挙であったと受け止めている。

 そして、このことを示唆したのは立憲民主党の党首だけだったと思っている。

 

 安定を願いつつ、緩やかに衰退する道を選ぶ…

 なんと皮肉なことだろうか。

 どうりで思考が萎えてしまう訳だ。

 

 私たちの思慮が足りないのだ…

 私たちは愚かだ…