オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

人生と笑いと歌に乾杯!

 「一体、敵はどんな指揮官なんだろうか…」

 

 艦長は意を決して発令所を出て自室に戻った。そして、数枚のコレクションの中から1枚のレコード盤を選んだ。

 彼は、急いで発令所に戻り、副長にレコードを手渡し命じた。

 「これをかけろ」

 副長は驚く。そして艦長の顔を見つめた。首を振ったわけではないが、その表情から明らかに命令を拒否している。信じがたい命令だからだ。

 「音を出すと敵に位置を知られます」

 「かけるんだ!」

 副長は狼狽している。

 が、命令は命令だ。

 副長はターンテーブルにレコード盤を置き針を降ろした。そして、聞こえるかどうか分からない程度にまで音量を落とした。

 勇ましい前奏がかかる。

 

 彼には艦長命令の意図するものが理解できなかった。

 今は潜航中である。4時間前から1時間毎の爆雷攻撃を受けている。

 敵は艦尾から近寄り何十発もの爆雷を投下し、追い越したのちターンし、また後方に着く。そして、1時間経つと、また攻撃してくる。

 先ほどの攻撃では艦尾に爆雷が命中し、一部外壁を破損させられている。相当量の浸水があった。

 何とか逃げ回り、持ちこたえている最中に、海中で音を出せば正確な位置を敵側駆逐艦に悟られてしまう。

 相手にしている駆逐艦は、相当に手強く、昨日から繰り返し執拗な追跡と攻撃を仕掛けている。このままでは逃げ切れないかも知れない。艦内のクルー達も同じことを考えていた。重苦しい空気が蔓延している。

 死を覚悟しなくてはならない…

 うつ向いてる副長に近ずくと、艦長はレコードプレーヤーの音量を思い切り上げた。

 艦内全域にものすごい音量で音楽が鳴り響いた。

 

 ♬〜

 乾杯だ!人生と笑いと歌に。

 ジョッキは満ち唇にも泡。友情に乾杯!叫べ、「ヤホール!」と。

 

 艦長は大きな声で歌い始めた。そして副長の肩を強く叩いて言った。

 「一緒に歌え!もっと大きな声で!」

 艦長は笑顔で言った。周りを見渡して恐怖におののくクルーたちにも言った。

 「お前たちも歌え!一緒に!」

 少しづつ歌うものが増える。やがて、全員が大声を出して歌った。

 

 ♬〜

 ローレライの姿に心奪われ 愛に乾杯 

 この命ある限り 友よ 君に 君に君 みんなに乾杯!

 乾杯だ! 人生と笑いと歌に

 ビールのある所 笑いがある 天まで届け この力強い歌声

 ジョッキは満ち唇にも泡。友情に乾杯!叫べ、「ヤホール!」と。

 

 気がつくと艦内は笑顔で満ちていた。クルーの顔から恐怖の色が消散していた。

 艦長の意図はこれだったのか…。副長は改めて艦長を見つめた。彼は艦内から水上を見上げていた。

 「まだ、負けてない」

 そう言っているように見えた。

 艦長は副長に近寄って聞いた。

 「敵は攻撃後400m進み、左右どちらかにターンして我々の後尾に付く。さっきの攻撃後、どちらに転進した?」

 「右です」

 「相手がターンした後、数分間だが我々と並行に航行する。その一瞬がチャンスだ。浮上して潜望鏡を上げる時間はないが、狙える。」

 「相手との距離、方位がわからないのに撃つんですか?」

 「相手がターンしたところを魚雷4発を拡散して行動可能範囲に打ち込む。」

 「昨日の攻撃は距離1000mからです。でもかわされました。」

 「奴は我々の攻撃を予測していた。我々が魚雷を発射する寸前に回避行動に入っていたんだ。だからかわせた。」

 「そんなことが…」

 「できる。潜行に5分、攻撃のための浮上に3分、潜望鏡での方位・距離測定に2分。つまり最短で10分後に魚雷が来る、ということを知っていればな。嵌められたんだよ。」

 「!」

 「だが、今度はこちらの番だ。裏を掻く。回頭した瞬間を狙うのでこれは避けられない。1発は間違いなく命中する。しかし、1発で十分だ。」

 

 爆雷攻撃が止んだ。魚雷4本はすでに発射管に装填済みだ。命令があればいつでも発射できる。ソナーマンは耳を凝らして駆逐艦の転進をキャッチしようとしている。艦内に緊張が走る。

 「さあ転進しろ… ご褒美をやるぞ。」

 「艦長!転進しました!右です。面舵15度!」

 「面舵10度、魚雷発射!」

 面舵を切った駆逐艦の舳と潜水艦の頭が交差する一瞬、轟音とともに4発の魚雷が艦首から飛び出した。

 4本の魚雷は徐々に左右に分かれて海中を進み、やがて扇の形となって駆逐艦に向かって行く。相手側も即座に魚雷発射を感知し回避行動に入った。しかし間に合わない。

 一番右側を走る1本の魚雷が右舷に接近していた。

 やがて、側舷に命中。機関室付近で大爆発が起きた。

 艦内は命中音が鳴り響いた瞬間、歓声に包まれた。クルーたちは抱き合っている。その中、ソナーを聞きながら艦長が叫ぶ。

 「静かに!」

 

 潜水艦は静かに浮上を始めた。そして潜望鏡深度に到達。潜望鏡から見えた駆逐艦は機関を停止し、火災を起こしていた。致命的なダメージを与えたことは確実だった。

 「浮上して止めを刺す。魚雷は1本で十分だ。」

 慎重な性格の副長も潜望鏡から敵を確認し自分たちの勝利を確信したようだった。

 浮上し艦橋に上がった艦長は、肉眼で敵駆逐艦の状況を確認した。そして信号手に命令した。

 「信号を送れ。”5分後に魚雷を発射する。降伏して退艦せよ”」

 その瞬間だった。

 驚いたことに駆逐艦が動き出した。

 こちらに向かってくる。それも真正面から。

 甲板上の火災は駆逐艦の艦長が仕掛けた偽装だったのだ。

 「これでイーブンか…」

 これまで何度も死期をかいくぐってきた。頭の中を走馬灯のように過去の戦闘シーンが駆け巡った。

 今度こそ、最後かも知れない…

 彼は覚悟を決め副長に命じた。

 「自爆装置を5分にセット。全員退艦せよ!」

 その時、駆逐艦の砲塔が閃光を発した。

 

 やはり、敵の艦長は手強かった…