指揮官たちの終戦
潜水艦は姿を見せたら終わりだ。戦闘艦としてのアドバンテージは全くない。浮遊物としては脆弱極まりないものだ。
この艦は間も無く沈む。しかし、浮いている間に一矢報いることは出来る。水面下に突っ込むまではこちらの方が有利だ。
先ほどの砲撃は敵の戦闘力、行動力を完全に奪った。この身をもってすれば、最後の一撃を与えられる。命はもう惜しくない。妻のところに行くだけだ。私は、沈みゆく船にいた彼女を守れなかった。助けられなかった。でもこの想いからもやっと解放される。
駆逐艦は残る力の限りを尽くして、大破、停止しているUボートに向かった。ま直線に。
Uボートからの反撃の一発が艦橋付近に命中したが、副長に怪我はなかったようだ。艦は直進を続けている。
ふと向こうに目をやると、部下達のライフボートが見えた。皆、無事退艦できたらしい。それに加え、Uボートからの退艦者も救助している。なかなか見ることのできない場面だ。しかし、皆よく戦った。あとは好きにすれば良い。確かに、ここからは敵も味方もない。生き残れば、皆、故郷に帰れる。それでいいんだ。
駆逐艦はUボートの側面に衝突し、その勢いで甲板に乗り上げる形となった。凄まじい衝突音と同時に海上に火災が広がった。2つの船は一気に炎に包まれた。
「副長、砲撃手、退艦せよ。先に行け!」
どうか無事に…いてくれ。最後まで付き合わせてすまなかった。
…しばらく、ほんの少しの間、思考が止まっていた。
「?」
下敷きになったUボートの艦橋に誰かいる!
艦が雷撃で被弾し、その後、停止状態から機関を再起動した時、いち早くこちらの狙いを察し、素早くクルーを退艦させたように見えたが、まだ誰か残っていたのか。
二人いる。一人はどうやら重傷のようだ。
甲板を回り込んでデッキから上半身を乗り出して見た。
肢体がしっかりとした人物だ。鋭い目つきでこちらを見上げている。
軍帽をかぶっている。ひよっとして…
その男は、ゆっくりと、静かに右手をあげた。そして、敬礼をした。少し微笑んだように見えた。
「!」
私には分かった。理解できた。すぐさま認識できた。
「艦長か…」
敬礼を素早く返した。こんなことがあるのだろうか。2日間にわたって死闘を繰り返した相手と対面している。
Uボート上の二人はもはや動こうとはしていない。避難する気もないようだ。いや、あの傷では動けまい。艦長は部下とともに沈むつもりのようだ。
複雑な気分になった。そう、憎み合って戦っていたのではない。しかし、彼も運命を受け入れようとしているように見える。
「もういいのか…」
彼の境遇は知らない。しかし、彼の気持ちが分かる気がした。
私は、とっさに手元にあるロープを投げた。彼は、それを受け止めると見事なロープワークで負傷した部下を素早く結びあげた。そして、十分に余らせたロープの先端を投げて返した。
急いで、そのロープをマストに結びつけ、渾身の力で引っ張り上げた。負傷兵はゆっくりとであるが、もう間も無く沈むであろう駆逐艦に収容された。全身血まみれで助かる見込みはなかった。
艦長と思しき彼は、2艦に張られたロープを掴み、両手で綱渡って移動して来た。タフな男である。
私は何とかしたい気持ちだった。
「向こう側の甲板に行こう。まだ火が回っていない。私の言葉が分かるか?その男は残念ながら助からない。気の毒だがおいて行こう。言っている事が分かるか?」
「My friend…」
「えっ?」
「友達なんだ。副長で私の」
私は立ち尽くしていた。思いもよらなかった。
「そうか…」
私は副長の肩を持ち上げた。結構、恰幅がよく重い!体が持ち上がらない!
その時、Uボート、駆逐艦のクルーたちが梯子をよじ登って甲板に一斉に上がってきた。私達4人の体を胴上げするように持ち上げ、あっというまに救命ボートに収容した。
大した部下たちであった。
救援の艦船がやってきた。
それを見て、Uボートの彼は言った。
「私はこれまでも何度も死にかけ、そして多くの部下を失いながら生き残ってしまっていた。今回も。しかし、今回は君のせいだ。」
私は呆れた。そしてなだめるつもりで言った。
「じゃあ、次はロープを投げない」
彼は微笑みながら言った。
「いや、君はまたきっと投げる」