OBDの実力
朝、自室でいつものように仕事を開始した直後、妻が部屋に入ってきた。
彼女はいつもノックせずにいきなり私の部屋の扉を開ける。以前からずっとそう。
別に構わないが、「ノックしてよー!」と子供っぽく言いたくなる時もある。
因みに彼女の部屋のドアはいつも開けっ放し。なので「お前も嫌だろ!」は通用しない。まあ、それはいい。
それよりも、私がリモートワークに入っている時間なのを承知しているのに、わざわざ私の部屋まで来た事だ。
これは極めて珍しい。何かあったに違いない。
「どしたの?」
「ヤバイ!車が動かない!」
「うん?」
「エンジンがかかんない。こんなの初めて。見てくれない?」
確かに今までなかったことだ。エンジンがかからないとは何?バッテリーは以前の車検で交換してるのでセルが回らないということはないはず。何でエンジンがかからない?
車の運転席に座り、いつも通りキーを回してエンジン始動。
「グルグルグル〜、グルグル〜…」
「?!」
確かにかからない!
一旦、キーを元の位置に戻し、深呼吸。
今度は、慎重にキーを回す。
「グルグルグル〜、プスプス、ギュンギュン〜…」
かかる!
私はポン!とアクセルを浅く踏んだ。
「ブルルル〜、ギュンギュン〜、ブボボ…ブボボボボ…」
エンジンは無事回った。
しかし、明らかにおかしい。これまでに体験したことのない現象だ。
運転席のインジケータを見る。どうやら冷却水の温度異常を示すらしきインジケータが点灯している。水槽に温度計を突っ込んだような絵だ。
「?」
意味が分からない。ラジエターの機能がおかしい?
手元に取説がないので詳細は不明だ。
妻を呼んだ。
「今すぐ、車検をやった整備工場に持っていきな。エンジンはかかったけど、今度止めたららもうかからないかもしれない。温度異常みたいだし、早く持っていったほうが良い」
「わかった」
妻は急いで身支度をし整備工場に車を走らせた。
VWの営業所ではなく整備工場といったのには訳がある。
実はつい最近、車検を通したのであるが、あちこちの凹みや塗装の痛みをメンテしたくて近くの民間整備工場に板金・塗装を依頼したついでに9年目の車検も同時にお願いしていたからだ。
車検完了からまだ3週間も経っていない。まずは、最近検査をした所で、見てもらうのがベターと考えたからだ。
妻は2時間もすると歩いて帰ってきた。
「どうだった?」
「XXに持ち込んだけど、即『外車だから分かんない!』って言われた。しょうがないから、その足でVWの営業所まで持っていった。今すぐ何チャラって機械をくっ付けて検査するから原因はすぐ分かるって。今日中に原因を連絡するって。恐らく冷却系のトラブルだろう、って言ってた」
「そっか〜。XXじゃ分かんないか。」
「うん。初めから板金と車検はしますけど、細かい機械部分はわかんないですから、って言われてたから仕方ないけどね。その分、車検代は安かった!」
結局、UP!はそのままディーラーに4日間入院となった。
(修理に4日かかった訳ではなく点検・車検の予定で一杯で手が回らなかったとの事)
4日後、私は徒歩30分のディーラーまで車を引き取りに行った。
整備(メカニック)の方が故障箇所の説明をしてくれた。
なるほど…、それでエンジンのかかりが極度に悪かったのか…。
彼の理論的・機能的要因に基づく原因説明に納得である。
因みに民間整備工場XXの所見は「外車なので分かりません!」だ。潔し。
これ、XXが悪いとは言えない。そもそも事前にそう言われていたし。
VWの整備工場以外でトラブルシュートが思うようにできない理由の一つは、コンピュータによる障害診断が民間整備工場では出来ないからだ。
VWでは、毎次車検の際に「フォルトメモリチェック」なる検査を行なっている(検査明細に明示されている)。
これ、以前にメカニックに何をしているかを聞いたら「外付けの検査機器を接続してコンピュータが記録している車体情報・障害記録等を読み出しします。そこから車のコンディション、故障になりそうな部分が分かるんです。この車、ちっちゃいんですけどコンピュータの塊なんですよ」と説明してくれたことがある。
これ、メインフレームでいう「マイクロ・ダイアグノース」と同じである。コンピュータ業界では1980年代から本格的に使われている技術だ。
昨今の自動車のIT化は凄まじい。とは言え「ダイアグ」が常識になりつつあることには驚かされた。
そして、今回はこの「ダイアグ」により見事にUP!の故障は早急に原因特定、処理され完治した。
修理代はしめて2万円である。恐れいりました。
やっぱ、検査・整備はディーラーでないとダメってことだ。
今後は浮気することなく、必ずVW営業所に車を持ち込むことにしようと再認識させられた出来事だった。
プリウスに乗っている頃、民間整備工場に持ち込んだことは一度もなかった。
さすがにあの最新技術の権化みたいな車をそこらへんの整備屋に任せようとは思わなかったのは事実。
でも、UP!くらいなら民間でも平気かな、と思ったのであるが結果はダメ。
この通称「ダイアグ」は、OBDという名称で近々装備が義務化されるらしい。
それが、良いのか悪いのか、今の時代に相応しいのかは、まだ判断し難い。
しかし、池袋での有名なプリウス暴走死傷事故以来、「車の暴走 or 運転者の操作ミス」の真偽が社会的な話題になり、結果、このような大層な機能が標準装備として求められる背景になったことは理解できる。
私を含めて、工学系の勉強をしていた人間は、あの事故原因を「プリウスの勝手な暴走」と思うことはまずないだろう。
工学の常識として、車のエンジンを暴走させ続けるには、いくつものあり得ないような前提条件が重なることが必要である。
あのような継続的暴走の原因が機械にあるとは全く考えられないと言える。
そして、あの老人はその常識を誰よりも知っていた筈だ。
今回のUP!の入院騒ぎでOBD義務化の件も改めて認識した次第。
それはそうと、UP!が元気に帰ってきて良かった。
やっぱり、この子が車庫に泊まっていないと寂しい。