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オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

昭和の遺物

 その少女の生い立ちは、決して平凡ではなかったらしい。裕福とは言えない家計を支えるため、新聞配達のアルバイトをしていたこともある、とのエピソードを聞いた記憶がある。

 人生の転機は、TVのオーディション番組。どのような歌を歌ったかは、私は覚えていない。しかし、この子は決勝まで行くのではないか、と何となく感じた。不思議な引力をもった少女だった。

 その後まもなく、彼女はデビューした。

 その時、14歳・・・

 正直、パッとしなかった。同時期にデビューした健康的に溌剌と歌うもう一人のアイドル歌手(同年代の少女であるが)の方が、脚光を浴びていた。でも私は、彼女の少し影を感じさせる大人びた雰囲気に惹かれ、注視していた。

 

 その年の秋発売された新曲が突如爆発的に売れ出した。

 彼女は、当時の歌番組に頻繁に出演するようになる。彼女は、その後、映画、ドラマに数多く出演し、正にスター街道というものをばく進していった。

 彼女の歌う姿、立ち振る舞いには、偶像が含まれていたと想像する。

 しかし、その凛とした瞳の中に、彼女の生きる姿勢、決意のようなものは、いつも見て感じる事ができた。

 彼女がスターであること、そして実力を兼ね備えた歌手であることは紛れもない事実であったが、何故か、音楽賞の受賞には無縁であった。

 全く無冠であった訳ではないが、当時で言う「大賞」は彼女の頭上に舞い降りることは無かった。私には、それは業界における理不尽に見えた。

 デビューから3年後、彼女が17歳の時にリリースした新曲は、世間を、業界を席巻した。詩/楽曲が、極めて斬新であるだけでなく、それを見事に歌い上げる彼女の歌唱力に世間は、ファンは大いに驚くとともに歓喜した。

 彼女は新しい世界観を作り上げた。もはや、誰も彼女をアイドル歌手とは呼ばなかった。

 彼女が、アワードを受賞する最大のチャンスは、この時だったと、後になって分かった。しかし、当時の音楽業界の「権威」は違う方向を見ていた。

 それから5年間、彼女の歌は時代を駆け抜けた。

 しかし、やはり、彼女が栄誉を手にすることは無かった。

 そして、デビューから7年後の冬を迎える頃、彼女は、自らの青春時代を燃焼し尽くしたかのように、マイクをそっとステージに置いて去って行った。

 彼女は、全ての芸能活動から身を引いた。そして、2度と私たちの前に姿を見せる事は無かった。

 あり得ないような、綺麗な身の退き方だった。

 そして、彼女は ”伝説” になった・・・

 

 まもなく、時代は「昭和」から「平成」に移っていった。

 

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 今年もあと2日。

 年賀状がまだできていない。昨年、OSをWindows8にバージョンアップしたため、はがき作成ソフトが動作しないのだ。仕方ないので、amazonに最新版を発注し到着待ちの状態。今回は、遅れそうだ。今日中に、作らないと・・・

 

 今朝、新聞の番組欄を見ていたら「第55回、輝く日本レコード大賞!」が目についた。こんなもの、まだやってたのか・・・

 以前は、大晦日に放映したのに、最近は違うのか?「紅白」と被るから面白いのに。

 そう言えば、最近は誰が受賞したんだろうか。どうでもいいけど。

 中森明菜が「ミ・アモーレ」を受賞して以来、見ていないと思う。興味ない。そもそも、選考基準がよう分からんし、訳分からん。明菜が受賞出来て良かったけど。

 

 「UFO」が大賞を受賞した時、「こりゃ、あかんわ」と思った。自分の価値観、意識と明らかに「ズレ」がある番組企画だ、と気が付いた。それ以降はどうでも良くなった。

 くだらんものに成り下がりおってからに・・・

 

 平成の25年間がまもなく終わる。四半世紀だ。早いものだ。

 この「何とか大賞」って、前時代の遺物だと思う。もう、その役割はとっくに終わっている。

 「彼女」に栄冠をもたらすことのなかったこの賞などに、価値はない。

 「彼女」の引退とともに、昭和は終わったのだ。

 

 

 

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