オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

涙したテレワーク

 今朝、驚きのニュース(訃報)があった。

 志村けんさんがコロナ肺炎で亡くなったとのこと。

 ニュースは、朝から個人を偲ぶ映像を流し続けている。

 気がついたら、私は涙を流していた。

 何でこんなに切ないのだろうか。

 何でこんなに残念なんだろうか。

 そうか。

 私は以前から彼に癒され、励まされていたのだ。

 彼のことが大好きだったのだ。

 どうか、安らかに…。

 

 新型コロナの怖さが日本人には分かっていないとか、若者が甘く見ているとか、色々言われている。

 私は怖いとずっと思っている。こんなものに罹患したら、妻にもばあちゃんにも、孫にも会えなくなる。

 そんなことは嫌だ。

 早いところ、自宅軟禁にして欲しかった。

 東京に通勤するためのあの満員電車はクレイジーだ。あんなの、人の乗るものではない。

 何で、毎日、臭い汚いおっさんと濃厚接触せねばならんのだ。チョー気持ち悪い。

 

 ついに、当社も本日から強制的に在宅勤務となった。

 本社が発表したのが26日夕刻らしい。自分たちに30日(月)からの在宅勤務命令が出たのが27日(金)夕方。

 予想はしていた。だから、皆、準備もできていた。

 今朝から静々とテレワークに入った。

 やはり、VPNは耐えられなかった。著しいスローダウン。シンクライアントは使い物にならなかった。

 でも、仕方ない。あの満員電車に乗るよりマシ。これくらい我慢できる。

 夕刻には、スループットも向上してきた。さすがだ。

 Skypeは便利であるが、何十人もログインするとさすがにキツイ。

 音は途切れるので、重要な情報交換はメールの方が良い。ビジネスで聞き間違いは致命傷になる。

 IMはメールより手軽で便利だった。

 明日以降、当分は世話になる。

 

 あと、どれくらい穴籠もりすることになるのか。

 2週間?

 3週間?

 いいよ。

 感染するよりは。

 生産性は明らかに落ちている。

 しかし、人の命には変えられない。

 部下たちを危険には晒せない。絶対に出社するなと言ってある。

 

 けんさん、さよなら。これまで励ましてくれてありがとう。

 多少の不便はしょうがない。

 けんさんの分もしっかりと生きる。

 ウィルスとの持久戦を覚悟した1日だった。

 

ご挨拶

いらして下さった全ての皆さまへ 

 

 一言、挨拶申し上げます。

 本日は、披露宴においで頂き、誠にありがとうございました。

 心より、御礼申し上げます。

 皆さま、ご存知の通り、二人が入籍をしたのでは2018年11月ですから、1年4ヶ月あまり時間を空けての披露となりました。

 当初、二人から結婚のこと、そして披露宴を2020年に入った頃、催したい旨の相談を受けた際、正直、少し期間が空き過ぎではないのかと戸惑いました。

 しかし、自分達の力で、自分達の思うようなパーティを親しい人たちに集まって頂き、行いたい。

 そのためには、これぐらいの準備期間が必要なので認めてもらいたいと言われましたので、その思いを受け止めることにしました。

 その意味で、この1年半近い期間、二人はよく頑張って、いい準備をしたと思います。

 とても素敵な披露であったと思います。

  皆さまご存知のように、二人は幼馴染でもありますが、今日はまるで、静香ちゃんとのび太くんの結婚式を見ているようで、とても嬉しい気分でした。

 親バカですが、二人を褒めてあげたいと思います。

 

 また今日、このような素敵な会が催せたことは、二人の努力もありますが、ここにご参集の皆様方のご助言、ご理解・ご支援があったからこそと思います。

 誠にありがとうございました。友人の皆さんもありがとうございました。

 

 さて、二人は既に新しい人生を走り始めている訳ですが、今後は、いろいろなことに直面することと思います。

 その際には、是非とも叱咤激励を御願い申し上げます。

 ご参集の皆さまがたの、今後の変わらぬご指導・ご鞭撻をお願いいたしまして、御礼のご挨拶とさせていただきます。

 本日は誠にありがとうございました。

 

                               2020年3月15日 ゆず

 

暗く長いトンネル

 ここしばらく、何もしていない。

 会社には、行っている。当たり前だ。しかし、昼休みに外出することはない。

 そもそも、妻がお弁当を持たせてくれているので、食事に外出しなくてはならない理由は前からなかった。

 それに加え、今回の事態。 

 コンビニにすら行かない。

 人のいる場所には近寄らないようにしている。

 自宅と会社の行き来のみ。

 電車では、できる限り人の少ない場所に避難している。

 最近は学校が休校のせいか、学生さんが極度に少なく、車内も空いているように感じる。いつもとは違い、逃げ場所が電車の中に発生している感じ。

 休みの日も、お酒の買い出し以外では外出していない。

 部屋で酒を飲んで寝ている。

 好きなラーメン屋にも行っていない。

 家のネットシステムをJ:COMからNIFTYに変更した都合で、無線LANルーターとTV外付けのHDDが必要なのだが、電気屋に行くのが嫌で放ったらかしている。

 ともかく、コロナウィルスに感染しないよう、厳格に注意した行動をとっている。

 例年、インフルエンザが大流行しているが、こんな予防行動はとったことがない。

 こまめに顔・手洗いをする。うがいも欠かさない。指先をアルコールで消毒する。この繰り返し。

 常時、マスクを装着している。 

 マスクは、息苦しいし、メガネが曇るので大嫌いだ。自分自身の口臭も嫌。

 でも、欠かさずやっている。

 全ては、3月15日のため。

 この日は、私にとって重要な日だ。

 この日まで、コロナに感染するわけにはいかない。

 何が何でも健常な状態でその場に臨みたい。そのためには、いくらでも我慢はする。

 明日は、金曜日。13日。

 明日を乗り越えれば何とかなる。

 14日は家から出ない。

 

・・・・・・

 

 15日は重大な日。

 彼らにとって、この1年半は、その準備のために費やされたともいえる。

 全てはそのため。

 私は理解している。

 ああ、神様・・・

 

悪手が生む最適解

 昨晩、総理会見があった。

 今週の月曜日から全国の小中高校が休校になるとのこと。

 今、日本全国を社会不安に追い込んでいるコロナウィルスの封じ込め策の一環である。

 これまで、

厚生労働大臣に対策を丸投げ」

「対策が後手後手」

「思い切った有効策を打てていない」

等、散々な言われようであった総理が下した、ある種 ”英断” かも知れない。

 いまのところ、”愚策” との評価が優っている感はあるが。

 今回の施策の優劣・評価には、あと数ヶ月はかかるだろう。

 とにかく、早く終息してほしいものだ。

 

 一方で、全国のドラッグストア、スーパーからトイレットペーパーが無くなったそうだ。

 50年前(1970年頃)のオイルショック時の「買い占め騒動」を思い出す。

 あの時、店頭から無くなったのは、トイレットペーパーだけでは無かった。何故か、歯磨き粉や洗剤、ごま油など、日常製品の多くが買い占めにより私たちの前から姿を消した。

 物価は、とんでもないスピードで上昇し、「狂乱物価」とまで言われた。

 買い占めによるモノ不足のきっかけは、電車の中での女子高生の会話だと今は言われている。

 「ねえねえ、知ってる?」

 「何が?」

 「中東での戦争のせいで石油が入ってこなくなるから、トイレットペーパーが無くなるんだって」

 「大変、今の内に買っとかなきゃ!」

 真偽は不明であるが、大凡この程度の会話…。

 今、考えればバカバカしい話だ。

 しかし、インターネットがない時代の話であるにもかかわらず、この噂、デマはあっという間に日本全国を駆け巡った。

 それは恐らく、光の速度よりも速かったに違いない。

 アインシュタインは間違っていた。

 実は、光速を超えてのコミュニケーションは可能だったのだ。

 止むを得ない。

 そもそも、量子力学を否定していた彼には理解できないことだ。

 大阪の阪急電車で交わされた女子高生の会話と全く同じ内容のデマが、恐らく函館と京都の路面電車の中の主婦同士間で発生していたのだ。

 この事象は、量子力学の世界ではあり得るが、彼の提唱した相対性理論では説明できない。

 ガリレオニュートンもお手上げであろう。

 JK、恐るべし。

 あの買い占め騒動の中で、漁夫の利を得ていたものは多く存在する。そして、今回も然り。

 ネット上に有能な転売システムが溢れる現在、狡猾・邪悪な輩に騙され、出し抜かれる正直者・マヌケは50年前と同様に大量発生すると想像する。

 そもそも、品薄になるのは買い占めをすることが原因だ。

 一旦、商品が姿を消したことで不安に駆られた人達は、さらにお店に殺到する。

 すると、入荷された途端に必要以上の買い方がなされるため、ますます品薄になる。

 やがて在庫が尽きると、本当にモノはなくなる。一定期間ではあるが。

 そして、そこに転売ヤーが発生し瞬く間に増殖する。

 この循環は、いくら止めようとしても止まらない。どうしようもない。

 

 東日本大震災の時も、一時的に米が買い占められ店頭から姿を消した時があった。

 そのとき、私の妻は平然としていた。

 「どうする?」

 「家にしばらく食べるだけのコメはあるよ。買いに走るほどのことはないわ。もし無くなったら別のものを食べればいいじゃん。缶詰なら山程あるわ。」

 「ガソリンスタンドにも車の列ができてるらしい」

 「ガソリンがなくなったら車に乗らない。そのうちに何とかなるでしょ」

 「みんな、焦ってるのか。不安なんだな。」

 「そんなに焦っても、心配しても、どうしょうもないじゃない。なるようにしか、ならないわよ」

 あの時の妻は、肝っ玉が据わっていた。頼もしかった。

 「家のことは彼女に任せよう。私は私の考えられること、やれること、やるべきことをしよう」

 私は食料のことよりも、万が一の際、どうやって家族を取りまとめてこの地を離れるかを考えていた。その時の私は、福島原発のことが気になっていた。

 大阪に住む姉は「いつでもこちらに避難してきていいよ」と言ってくれていた。

 ・・・

 

 先週の金曜日、彼女が叫んだ。

 「ねえねえ、スーパーに行ったらトイレットペーパーがないの!何で?!」

 「ああ、コロナ対策でマスクを量産するから原材料が不足し、そのとばっちりでトイレットペーパーが無くなるってデマをSNSで飛ばした輩がいるらしい。政府やメーカーはデマだから買い占めするな、って騒いでる。」

 それを聞いて、妻は大笑いした。

 そうか、やはり彼女には愉快・痛快なことのようだ。

 彼女は、ボソッと言った。

 「こないだ、コストコで山ほど買ったんだよね。たまたまだけど…」

 

 話を一斉休校に戻す。

 総理の要請は無理筋、悪手…かも知れない。

 しかし、良い面が全くない訳ではない。

 いくつかの地方自治体では、休校自体を見送ったり、時期をずらす、あるいは地域を限定する動きが出始めている。

 共働きやシングルの親を支援するため、子供を学校施設で預ろうとする動きもある。

 各々が、地域社会の実情を踏まえて、考えうる最適手段を探し始めているのだ。これは凄く良い事だ。

 今朝のNHKの討論番組を見ていても、野党は施策の有効性・エビデンスを問うている。

 専門家の意見も聞かずに、独断専行、唐突な強行施策を打った、と責めている。

 総理は、

「あなた方の賛意をもらうためには、専門家会議を経て多くの意見を取り纏めた上で、絶対間違い無いとのエビデンスを得た施策でないといけない。それでは思い切った(極端な)施策は打てない。この1〜2週間がヤマだ。そんな時間はない。」

と考えたのだ。

 恐らく上記のプロセスを取ると、賛否両論、総論賛成・各論反対となり議論は沸騰、国会が空転する、との悲観的ストーリーも考え得る。

 だから、彼は先手を打った。

 良し悪し、有効性評価を考慮せず。

 そして、それがきっかけとなり、各自治体は、有効的な具体的施策は何か、自分たちにとっての最適解は何か、を考え導き出そうとしている。

 総理が決断せずにいたら、責任を逃れたいがために、国からの指示を首を長くして待っているだけの無能な指導者もいたかも知れない。

 今回は、各自が自らの責任で行動を取ろうしている。これは、これでいいことだと思う。

 最悪の手段を既に提示されているので、それよりも最善の施策なら出せる。考えつく。

 

 悪手が最適解をもたらすこともあるのだ。

 

 

しぐれて友の野辺送り

 今日、先輩の告別式に参列した。

 突然の訃報に驚いた。そういえば、最近、社内で姿を見かけなかった。

 周辺の人たちに聞くと、昨年の夏辺りから闘病されていたらしい。

 全く知らなかった。

 とても優しい人で、入社して知り合って以来、よく声をかけて頂いていた。

 若い頃に、戸塚の飲み屋で偶然出くわして、2次会でカラオケを一緒に歌った記憶がある。

 つい、この間あった時も、いつも通りニコニコしていた。

 享年60歳とのこと。

 霊前で手を合わせ呟いた。

 「先輩、ちょっと早かったね…」

 

 野辺送りは辛い。

 棺に花を添える時の遺族・親類の方々の嗚咽に私は耐えられない。

 そもそも、涙もろい。

 EQスコアを見ても、共感性の部位が特に高く、周りに影響され過ぎな資質である。

 葬儀のセレモニーは苦手だ。いや、得意な人はいない。

 今日、礼服を着て黒いネクタイを締めたが、正装なんて一体何年振りだろうか…

 

 ふと、昔のことを思い出した。

 20年程前、某組織の代表であった私は、メンバの葬儀にとある街に行くことになった。

 聞いたこともない土地である。交通手段も詳しくは分からない。

 そんな時、事務所の電話が鳴った。

 「ゆずさん、彼の葬儀に行ってくれると聞きました」

 「うん、直接面識はないけど仲間だからね。焼香だけはさせてもらうつもりだ。」

 「ありがとうございます。彼は僕と同期入社なんです。」

 「そうか、残念だったね。お悔やみを言うよ」

 「彼の葬儀には、同期の仲間たちと一緒に行くつもりです。彼の実家は、かなり、駅から距離のある場所なので私たちは車で乗り合わせて行くつもりです。もし、予定がないのであれば、私たちの車に同乗されませんか?お互い、不便がないと思いますが」

 「えっ、いいの?同期の皆に混じっちゃって。」

 「良いですよ。そもそも、僕らの同期は先輩方に比べると圧倒的に少ないんです。そんな中で、私たちの友人の葬儀に来て下さる先輩がいるのなら、是非ご一緒したいです。」

 「なんか、ウルッときた。ありがとう。喜んで提案に乗るよ。」

 私は、およそ10歳くらい年下の若者たちと数時間の車旅をした…

 

 私が以前いた会社に就職した時は、「SEが百万人足りない!」と日経は吹聴していた。

 大学卒のコンピューターエンジニア志望者は引く手数多だった。

 私が入った会社も、数年前から300人規模の大量採用を行っていた。

 そんな中、バブル終焉後のまさに「失われた10年」にさらされた彼らの同期入社数はなんと50人だそうだ。

 当時、我が社は既に社員4000人を超え、売上は2000億円を越していた。

 そんな中で、50人という同期数は当時の我が社では過去に例がない少数派だった。

 だが、それが彼らにとって特別な意味があった訳ではない。

 私に連絡をとってきた彼は言った。

 「先輩方が羨ましいです。同期入社の仲間が多くて。でも、私たちも良いところがあります。数が少ない分、関係性が濃いんです。より深く同期の個々の部分を知っている。理解している。」

 「すごいね。」

 「彼の見送りにあなたが来てくれて嬉しいです。」

 「いい仲間だったんだね」

 「はい」

 彼らの親しい友人の告別はしめやかに行われた。

 ご両親とも話す機会があった。

 大層、参列に感謝されがそんなお気遣いをされるようなものではなかった。組織の代表として行っただけだ。にも、かかわらず、社内の彼を含めて随分と気遣いをさせてしまった。

 申し訳なかった。

 だが、彼らとともに、仲間を見送れたのはよかった。

 帰りの車中で、彼らの会話を聞いていて本当にいい仲間だったんだな、と改めて思った。

 

 数ヶ月後、彼から連絡がきた。

 「彼の墓参りに行って来ました。丘の上から故郷が見渡せるとてもいい場所でした。ゆずさんとは短い旅でしたが、彼もきっと来てくれたことを喜んでいると思います。」

 

 これまで生きて来て、こんなさりげない、胸に刺さるメッセージをもらったことは後にも先にもない。

 今、彼ら・彼女らはどうしているんだろうか。

 

 本当に、久しぶりに葬儀の場に行った。

 自分もそう長くない将来、同じ境遇にいると思う。

 それも宿命。

 

 先輩、本当に早過ぎたね。

 

 「蝉時雨、しぐれて友の野辺送り」

 

  野辺送りは苦手だ…

 

 

 

 

 

 

マナー裁判所

 先日、傑作なエピソードがネットで紹介されていた。

 

 

togetter.com

 

 簿記の教科書だかに書かれていたらしい。

 これ、どう言う理屈で支払う側が店に対し、へり下るべきなのか、さっぱり不明だ。

 クレジットカードを利用する際、店側がカード会社に手数料を支払っていることは事実であり ”常識” だ。VISAやJCBが何を収入にしているか考えれば仕掛けは自ずと分かる。

 だからと言って、店側が損をしている訳ではない。

 その手数料分は、広〜く、浅〜く、料金に転嫁されている。へり下る根拠は無い。

 当たり前じゃないか。

 だから、その手数料を払いたくない店は、「カード利用不可」としている。ただそれだけのこと。

 みんなは、amazonを利用する際、コメント欄に「すみません」といちいち記入しているのか?

 「すみません」のマナーなんか、存在しない。

 

 人にお酒を注ぐ時には、徳利の切先を上にしなくてはならない。これは「縁(円)を切る」ことを避けるため。徳利の断面が円になってるからだって…。

 私は30〜40代にかなり多くの社外の人と酒を飲んだが、こんなこと聞いたことがないし、見たこともないし、誰に指導されたこともない。

 ありえないマナーだ。

 そんなことより、酒が溢れて相手にかかったりしたら一体どうするんだ?それこそ、失礼千万だ。

 

 グリーン車を予約する際、2座席の片方が埋まっていたら、その隣は空けて(座席指定しない)おかねばならない。グリーン車を使うようなセレブは快適な空間を買っている訳であり、隣に人が座るのは無粋だ。自分だって、そうだろ?

 そんなことはない。

 隣はいない方が気楽であるが、それは ”当たり前” ではない。

 そんなこと、他人に求めてどうする?

 どこを予約しようが、人の勝手だ。そんなマナー、存在しない。アホか!

 これの応用編で、航空会社はファーストクラスの乗客の誕生日を熟知しており、その方の誕生日フライトに当たった場合は、何らかのサプライズを用意せねばならない、がある。

 JAL/ANAにとっては迷惑千万な話。

 乗客の誕生日まで知るもんか。

 キャセーパシフィックならあるかもしれないが(”真実の瞬間”?)

 

 就活において「自由な服装でおいで下さい」と人事担当に言われたら、スーツで臨まねばならない。あるいは、本当にスーツ以外で行かねば不採用になる。

 Yes or No?

 これ、スーツ以外の本当に自由な服装で良い。

 緊張しながら面接に来る学生を試すような企業には、そもそも行かない方が良い。

 会社幹部のどこまでが確信犯でトラップを仕掛けているのか知らないが、少なくとも、人事部が腐っている会社にろくなものはない。

 また、面接に来る学生は、”顧客の一人” だ。

 失礼な対応をしていい訳が無い。

 そんなことも分からない会社はやめておいたほうがいい。

 面接室に入る際のノックは3回、面接官に「どうぞ座って下さい」と言われるまで立ちっぱでいること…。これも怪しい。

 私はそんなこと(ノックの回数)気にしていないし、どうでもいい。

 緊張している学生さんが直立不動で、立たされているのも気の毒だ。

 「座ってよろしいですか?」と言って勝手に座りなさい。私があなたから聞きたいことは、もっと別のことだ。

 

 

 外国のサッカー場で試合観戦後、自分たちの出した「ゴミ」を回収するのは、掃除係の仕事を奪うことになるからマナー違反だ。

 バカか?

 5〜6万人収容するスタジアムで、日本人数人がゴミ拾いをしても彼ら(清掃係)は失業しない。

 ほんの数分でも、彼らの仕事が早く終わり、その結果、家に帰れるので、感謝される。

 これを吹聴した人の頭はカボチャに違いない。

 

 他にも色々と謎のマナーはある。発明は継続中らしい。

 コンピューターウィルスがワクチン開発会社によって作られていると言う都市伝説のように、謎マナーはマナー講師たちにより ”発明” されているのかもしれない。

 で、あれば、今こそ「マナー裁判所」が必要だ。

 ここで全ての事案は審議され、その根拠・必要性・社会的必然性は議論されなくてはならない。

 ネットを通じて訳の分からないデマを飛ばす輩がおり、少なからずそれに惑わさせる人たちが存在する事実。

 「マナー裁判所」…

 あながち悪い冗談ではないかもしれない。

 

 ちなみに、下記はどうか。

・三菱の人を接待する時は、「キリンビール」を用意せよ。

・日立の人を接待する時は、「サッポロビール」(エビス)を用意せよ。

・ビールを注ぐ時は、片手で瓶のお尻を支え、両手で行え。

・その際、ラベルを上にすること。

 

 これは、本当だ。

 サッポロビールは日産の方にも使える。

 

 

VW UP! 60000Kmへ

 昨日、用あって圏央道を使い埼玉県を行き来した。

 先週末、「翔んで埼玉」がTV放映されたばかりであったので、身内ではその話題で持ちきりだった。

 以前から、東京圏の人たちからは色々と言われるサイタマであるが、住むに当たって、その環境は素晴らしい。

 土地は広々としており、地元野菜も豊富。社会インフラも相当に整備されて来ており、JR高崎線沿いには閑静な住宅街が広がる。子供を育てるには最適ではないだろうか。

 私はサイタマを買っている。

 

 さて、車を運転していてふと気がついた。

 海老名ICを降りたところで、走行アドメーターがジャスト ”58000Km” になったのだ。ほぼ60000Km。

 これは、私にとっては、車の買い替え目安の距離である。

 私のこれまで経験では、70000Kmを乗ったものはない。

 やはり、そろそろ買い替え時期なのかな…と考えていた。

 

 UP!のコンディションには何の問題もない。

 昨年の3月に長距離運転(旅行)があったので、その際、タイヤは新調した。

 ガソリンスタンドの店員さんに「あちこちにヒビが入っているので、そろそろ頃合いですね」と言われたのがきっかけ。

 タイヤ交換の際に、1年間のパンク保険に入るのが流行っている、とイエローハットのお兄さんに言われた。

 まあ、ビジネストークだろうと思い、最初は無視していたのであるが、あまりにしつこく、最終的には「半額にします」とまで言うので勢いで加入してしまった。

 ほぼ1年経過したが、予想通りパンクなどしなかった。

 そもそも、40年近い運転経験で、パンクは3度しかない。10年に1度くらいと言うこと。保険は無駄だ。

 タイヤ自体は今でも綺麗で元気だ。

 心持ち、グリップが良いような気もする(カーブで滑らなくなった)。

 

 UP!は、昨年10月に、7年目の車検を通している。その際、買い換えようか、とも考えたが、結局は乗り続けている。車検費用は約13万円。いつも通りの水準だ。

 正規ディーラーにこだわらなければ、もう少し安く済むのかもしれないが、例のミッショントラブルの経緯もあり、いつものVW営業所に任せている。

 これも1種の”保険”であろう。

 

 やはり、この車は良い。

 

・小さいが故に取り回しがし易い。これが1番の利点。これに尽きる。

・剛性が高いので高速でも安定しており運転し易い。120Km/hも楽勝。

・実用燃費は、普段乗りで14Km〜17Km。高速は100Km/hベースで20Km/ℓ。80Kmであれば25〜26Km/ℓ。

・中は狭いが、後席シートを倒せば相当量の荷物が積める。

 

 今更、国産のハイブリッドカーに興味はない。

 とことん、これを乗り尽くそうかな…と最近は思う。

 で、あれば、次回の車検(9年目)では、タイミングベルトと点火プラグ、エアフィルターくらいは交換すべきだろうな、と思う。

 この車は、移動の ”道具” としては逸品である。

 

 

神奈川県道43号藤沢厚木線

 藤沢市の43号線沿いに、年末に1軒、さらに新年の1月末にもう1軒、ラーメン屋がオープンした。

 魁力屋と町田商店である。

 

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 2軒ともに、有名店だ。

 地元は大騒ぎ。毎日、待ち行列が出来ている。

 一応、2軒とも行ってきた。

 とても「美味しい」。私の好みは魁力屋であるが、これは個人の趣向。

 両方ともに、店員さんの対応はOKだ。とても丁寧。

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店内の様子

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こちらは大盛り

 是非、いらして下さい。

 43号線は以前から「ラーメン街道」と言われていたのよ。

暖かい札幌

 およそ5年ぶりに、日本を縦断している。

 昨年の冬・年末から、年明けにかけて、九州・四国・北海道を仕事で訪れた。

 今回はツアー最終の地、札幌である。

 おそらく、仕事で訪問するのはこれが最後になる…。

 以前から、大好きな場所だ。

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機内から見ると極寒の地に見える

 今年は北国においても雪が少ないとは聞いていたが、札幌に着いてみて驚いた。

 市街地に雪があまり無いのだ。

 いつもであれば、この時期、此処にいると顔に当たる空気が痛いほどなのに、今回はそんなこともない。

 もう、何回も此処にはきた事があるが、こんなことは初めて。

 全く、雪がないわけでは無い。しかし、大通公園の状況を見ていると、雪祭りどころでは無いことは確かに分かった。それほど、異常に雪が無い!

 本当に驚いた。

 

 さて、今回、余裕をもって移動するために、羽田は11:30発の便を選んだ。

 当日、若干、出発が遅れたが、それでも千歳着は13:20頃。

 札幌には14:00過ぎには到着したので、遅めの昼食をとった。

 知人お勧めのラーメン屋である。初めて行った。

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札幌駅からすぐ側

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トッピングを3種選べる。私は、麺・煮卵・ネギを選択。800円。

 大変に美味しかった。

 やはり、私は札幌では味噌ラーメンを食べる。なんだかんだあるが、やっぱり少し辛めの味噌が大好き。

 仕事を終えて、ススキノで知人たちを交えて夕食をとったが、やはりこの地の食べ物は美味しい。

 この時期、北海道は厳しい気候であるが、最高の土地でもある。

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ススキノ辺りの風景

 久し振りにススキノで飲んだが、お姉さんは皆、綺麗だ。

 此処は日本でも有数の美人の産地でもある。

 本当に素晴らしい。

 

相鉄・JR直通線の秘密

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 「横浜の真ん中と東京の真ん中をつなぐ」

 

 この印象的なキャッチコピーが相鉄線相模鉄道)「横浜駅」に掲げられたのはいつ頃からだったか…

 2019年11月30日、いよいよ相鉄・JR直通線が開通した。

 相鉄にとっては、悲願の東京乗り入れ、とのこと。この辺りの事業の背景・経緯・詳細は専門家・マニアが詳しく述べているので省略。

 私としては、年末少しだけ話題になったこの新路線の ”ヒ・ミ・ツ” について触れておく。

 当たり前であるが、利用者は皆内容は知っている。

 今後、この路線を使ってみようかな、と思っている人。

 近い将来、相鉄沿線に住んでみようかな、と考えている人。

 とにかく、本件に興味があるマニアの方。

 これらの人向けにTIPSを掲載しておく。

 

 この新路線の特色・メリット・デメリットは以下の通り。

 

・海老名から乗り換えなしで渋谷・新宿、大宮まで行ける。

・ネイビーブルーのかっこいい新型車両が走る。

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・しかし、埼京線の車両も走る!これには沿線民もビックリ!

・相鉄/JRの接点となる羽沢横浜国大駅では、相鉄・JR双方の車両関係者(運転手・車掌等)を見ることができる。

・新型車両には、防犯カメラがついている。

湘南台からは、二俣川駅で快速・急行が接続する。同じホームでスムーズに乗り換え。

・東京圏までの所要・乗車時間は、実は横浜経由とあまり変わらない。

・運賃は高い!(工事費を転嫁している)

・羽沢横浜国大駅を新設。西谷駅からは地下トンネルを通って、既存の貨物線駅と接続している。

・羽沢横浜国大駅から先は、貨物の鶴見線に合流する。鶴見神社辺りで貨物線に合流する。湘南新宿ラインとは若干異なる風景を見ながら走る(鶴見以降は、湘南ライナーと同じ線路を武蔵小杉まで走る)。

・羽沢横浜国大から先、6分間弱はずっとトンネル。

・大崎駅では、埼京線と待ち合わせ。接続しているみたい。

・朝、上り方面は混んでいるが、夕方、下りは空いている。ほぼ座れる。

二俣川駅で先頭に並べば、朝でも確実に座って渋谷・新宿まで行ける。

・あの忌まわしい武蔵小杉から乗ってくる人が意外と少ない。新宿以遠に通勤する人が多いのかな(湘南新宿ラインでないとダメな人が多い?)…

・羽沢横浜国大駅で乗降する人はあまりいない。ほぼ大学関係者であることが確実。

・羽沢横浜国大駅と言っているが、横浜国大には遠い。ここは羽沢だ。

西谷駅二俣川駅で、急行・快速・各駅停車と細かく接続している巧妙なダイヤ構成。

・一方、1路線の遅れが全体に影響を及ぼす(前からそうであるが)。

・渋谷/西谷方面から羽沢横浜国大駅には、昼間は30分に1本しか電車は来ない。

・だから、人身事故が埼京線/宇都宮線/高崎線で起きれば、糞詰まりになり30分に1本すら電車は来ない(陸の孤島になる)。

・西谷/二俣川駅での待ち合わせがダイヤのボトルネックにならないよう、直通線は平気で”間引き”される。来るべき電車がキャンセルされ来ない…こと、しばしば。

・よって、駅で30分待つのは当たり前。

振替輸送は、20分程度の遅れでは実施されない。

・だから、早く帰りたければ、自腹で横浜経由の路線に乗るしかない(鶴見〜横浜〜西谷の負担額:346円)。

・理不尽であるが、人身事故があった際、直通線が来るのか/来ないのか、JR・相鉄共に利用者に細やかな情報を利用者に提供する訳ではない。ほぼ、放ったらかし。

・でも空いている…

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 相鉄は、2022年には羽沢横浜国大駅を経由し、新横浜、新日吉、武蔵小杉を通って渋谷・目黒へとつながる新路線を建設中だ。

 沿線に住む人たちにとっての真のメリットは、こちらかもしれない。

 特に、二俣川と新横浜を結ぶ路線は、大きな時間短縮を実現する。

 地図を見ればわかるが、相鉄二俣川駅〜横浜〜JR新横浜って、ものすごい遠回りなのだ。

 10分足らずで、二俣川から新横浜:新幹線へのアクセスできる効果は絶大だ。

 

 一方、湘南台慶應大学湘南藤沢キャンパス(SFC)への延伸も現実として動き始めているようだ(藤沢市は調査費を年度予算化し、地域へのヒアリングを始めている)。

 

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 横浜の田舎道を走る相模鉄道

 東日本大震災の日も、その日の間に復旧・運行を再開したと聞く。地元の方々には、とても愛されている鉄道。

 しばらく注目が必要だ。

 

 

 

 

road to kamakura

 1333年5月7日、遂に足利尊氏丹波国篠村から陣を動かした。

 鎌倉の北条家を攻撃するためである。

 これに呼応し、新田義貞稲村ヶ崎から鎌倉市内に突入したのは5月21日とのこと。

 一瞬、磯から潮が引いた機会に、あの岸壁を回り込んで進軍したらしい。

 これに先立ち、彼は黄金の太刀を海に投げ入れ龍神に祈願したと、地元には伝承されている。

 「なげ入れしつるぎの光あらはれて千尋の海も陸となりぬる」

と、稲村ヶ崎の歌碑にある。

 

 この逸話の背景には、鎌倉が三方を山に囲まれ正面には海がある、という防御するには打って付けの地形であったことが挙げられる。この地を幕府の拠点としたのは頼朝の達観である。

 彼は自然が形成した立地を開発・活用し要塞とした。その跡形の一つが「切通」(きりどおし)である。

 鎌倉には7つの切通がある。

 

亀ケ谷坂(かめがやつざか)

化粧坂(けはいざか)

巨福呂坂(こぶくろざか)

大仏切通

極楽寺切通

名越(なごえ)切通

朝夷名(あさいな)切通

である。

 

 どれも、鎌倉から大船、藤沢、京都、三浦、六浦方面へ、人や物資を行き来させるために山を切り開いて道としたものだ。

 鎌倉七口と名付けられている。

 この中の名越切通は、海沿いからではなく、小町から山を超えて直接逗子へ通ずることができる道だ。

 昨年の秋、名越に行く機会があった。

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この下は横須賀線が走っている

 ↑

 大町口からひたすら山道を登る…

 

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 今は、海岸沿いの134号線が整備されているので、敢えてこの道を選ぶ人はいない。

 しかし、地元のピクニックコースとしてはそれなりに有名。

 実際に歩いてみると、結構な難所である。

 昨年の台風19号の影響で、道のあちこちで倒木があったが、散策するのに問題はない。

 さて、大町口から30分程度、名越切通を越えると崖を切り拓いた遺構が見えてくる。

 「まんだら堂やぐら群」だ。

 

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2m四方の穴が150以上ある

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13世紀後半から16世紀頃まで使われていたらしい

 やぐら群の中には、五輪塔と呼ばれる供養塔がおかれている。

 5つの石を重ねたものであるが、下から地輪・水輪・火輪・風輪・空輪と呼ばれており自然界の5大要素を示すとのこと。

 大変厳粛、壮大な遺構であるが、いつ・誰が作ったものか分かっていないらしい。鎌倉にまつわる謎の一つ。

 「まんだら」(曼陀羅)と呼ばれていても、特段、仏教色を感じさせるわけではない。

 しかし、使われた時期から考慮して、鎌倉時代の寺社関係者が造営したことは間違いないであろう。

 

 ここは、いつでも見学できるわけではない。

 毎年、4月と10月の一定期間しか公開されない。

 私は、昨年秋、妻から誘われ鎌倉に行った際に足を伸ばした。

 これだけの大規模な遺跡は、大変珍しいとのこと。

 鎌倉観光の一環として、是非お勧めしたい。

 

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そばには断崖もある

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日蓮宗法性寺の近くにあるお猿様

 まんだら堂辺りの地名は「お猿畠」と呼ばれている。

 これは、鎌倉を追われた日蓮上人が、この付近で3匹の白猿に助けられたという伝承に因むらしい。

 ここにも日蓮の足跡を見ることができる…

 

 
 

 

 

 

年明け

 2020年が明けた。

 年初から、好天が続いている。穏やかな天気と同様、平和な1年であって欲しい。

 初詣も早々に済ませてきた。

 例年通り寒川神社に行ってきたのであるが、周辺駐車場が一斉に値上げしていたのに些か驚いた。

 1000円→1500円。

 一斉にである。

 別にグダグダ言うつもりは無いが、これ、誰が取り仕切り、談合しているのだろう。

 マーケティングが物言う世界であれば通用しないであろう使用料の大規模変更。神も仏もないということか…。年初から相当に興ざめした。

 

 ともあれ、いい年を迎えましょう。

 私のおみくじは何と ”大吉” 。

  ”大吉”は以前、いつ引いたか記憶もない。

 「調子にのるな」とも記されていた。

 肝に銘じたい。

 私にとっては、2020年は大きな節目の年でもある。

 色々な感慨を持ちながら過ごす1年になる。

 

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寒川神社

 

 

2020年…日本

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Mt.Fuji & Yokohama

 

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アクアライン

 

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Top of Japan

 

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セントリア

 

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浜名湖

 

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しまなみ海道

 

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富士山と飛行機

 

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名古屋港

 

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瀬戸大橋

 

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新川崎〜武蔵小杉

 

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大黒埠頭

 

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羽田空港

 

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琵琶湖

 

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二条城と京都御所

 

A Happy New Year 2020 ----

 

 

熱情のオルガナイザー

 1274年10月、玄界灘に浮かぶ対馬壱岐の沖合に大船団が現れた。その数、大小をあわせ凡そ1000隻、兵士25000人。

 軍団はあっという間に対馬壱岐を征服・占領し、住民を虐殺、博多湾に迫った。

 文永の役元寇)の始まりである。

 この戦闘は、鉄砲をはじめとする新鋭兵器を有する元軍の圧倒的勝利であったが、偶然にも玄界灘を襲った暴風雨により終結することとなった。

 元軍の溺死者は13000人を超えたと「高麗史」には記されているそうだ。

 軍を送ったのはモンゴル帝国の皇帝、フビライハンである。

 この後、1281年1月に元軍はリベンジに来る(結果はご存知の通り)。

 源頼朝が鎌倉に幕府を開いて凡そ90年。日本は外国からの本格的、かつ大規模な攻撃・侵略を受けるという未曾有の国家的危機を迎えていた。

 この侵攻に対し鎌倉武士は太刀打ちできなかった…。

 結果として玄界灘の自然現象が国家の危機を救うことになったが、これを契機とした「神風」という迷信は、約6世紀後、この国の人民に耐え難い苦難を強いることになる。

 

 文永の役を遡ること14年前。

 この国難を予言したものがいた。

 日蓮である。

 日蓮の生まれは、安房小湊。12歳で出家し各地で修業を重ね、法華・真言の両教を極めたという。

 当時の著名な僧侶が京都を拠点としたのに対し、彼は鎌倉を本拠とした。記録によると1254年頃から小町で辻説法を行ったとのこと。

 建長寺開山は1253年というご時世である。

 時の権力者、執権北条時頼が(のちに)鎌倉五山一位となる臨済宗総本山の禅寺を建設したばかりの頃に、彼は「法華経こそが真実の仏説である」と公言した。

 「南無妙法蓮華経

 彼は、乱立する幾多の仏教宗派をたった7文字の題目に集約・統合した。そして、激しい言葉で他の宗派を攻撃した。

 日蓮の発言は、過激かつ刺激的であった。

 「法華経を無視する念仏教は邪法。禅は悪魔の法である」

 「私は日本国の棟梁。私を殺すことは日本国の柱を倒すことだ」 

 幕府の無策を公然と批判し公開討論を求めたこともあったという。

 強烈な言葉で他宗折伏を続けた彼は、仏教界・武家社会から相当疎まれたようだ。

 しかし、彼のそれはスタンドプレーではなかった。

 彼の真意は ”庶民の救済” にあった。

 1257年8月、鎌倉を大地震が襲った。この前後、天災地変が続く。人々の困窮は限度を超えていたようだ。

 1260年7月16日、「立正安国論」を前執権である得宗北条時頼に献上する。

 一説によると、彼はかかる災難の原因と対策を実相寺(静岡)の経蔵で3年間考えた末、安国論として纏めたそうである。

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安国寺(日蓮は安国論をここで書き始めたと言われている)

 内容もやはり過激だった。

・正法(法華経)を建立して国土を安穏にすべし

・邪法とは法然源空)の念仏宗のこと。邪法を原因とする7難の一部は既に起きている

・5難は、地震、疫病、暴風雨、火災、旱魃(かんばつ)である。

・私が願うことは、個人の救済、社会の救済

・穢れた国土を楽土化するために、皆が悟りを開くよう精進すべき

・もし法華経に帰依しないと、あと2難、自界叛逆難、他国侵逼難が来るぞ

 

 自界叛逆難とは内乱、他国侵逼難とは他国による侵略である。

 この建白書は、彼の意に反し、幕府の大ひんしゅくを買う。

 彼は終生、権力から命を狙われることになる。このあと、彼が被った災難を「4大法難」と呼ぶそうだ。

 その1。松葉谷草庵の焼き討ち。安国論献上の40日後。

 

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妙法寺から見た鎌倉市街地

 安国論に反発する何者からか命を狙われ焼き討ちにあう。今の妙法寺のある辺りに彼の草庵があったそうだ。幸い彼は難を逃れ、千葉県中山の法華経寺にかくまわれる。

 翌年、鎌倉に戻った彼は訴訟を受けていたことから即逮捕。伊豆(伊東)に幽閉となる。輸送の途中、七里ヶ浜で首を打たれそうになるが、その際、奇跡(何があったかは不明)が起こり命拾いをする。

 伊東への流罪は1年9ヶ月。これを伊豆法難(その2)という。

 その3。小松原の法難。

 1264年、刑を許され安房小湊に帰郷。父の墓参りをし母を見舞った日蓮であったが、ここで襲撃を受ける。

 天津の城主、工藤氏の世話になっていたようであるが、工藤主従、弟子たちの多くが斬り殺された。日蓮自身も眉間に傷を負ったようだがなんとか生きながらえた。

 日蓮はこれにめげずに房総の地で布教を続ける。

 この頃、蒙古の使者が繰り返し幕府を訪れる。

 それを知った日蓮は、他国侵逼難の予言的中を恐れ、時の執権や関係者に立正安国を説く手紙を送った。

 返事は無かった…。

 いや、この手紙を逆手に取られ鎌倉の評定所に召喚されてしまう。

 幕府は、日蓮の弟子達260名を逮捕するとともに、松葉谷草庵を襲ってそこを制圧。日蓮を拘束した。

 その後、日蓮は鎌倉の大路(八幡宮周辺)を引き回わされ、江ノ島の側、龍口寺付近で斬首されることとなった。常栄寺で尼僧が馬上の日蓮にぼた餅を献上したのはこの時のエピソードとのこと。

 絶体絶命である。

 しかし、仔細は不明であるが何故か日蓮はここで首をはねられることなく、佐渡に流されることになった。 

 これを竜口法難という。

 佐渡に幽閉中の1272年2月、北条時輔の乱が起きる。自界叛逆難の予言は的中した。

 その2年後、1274年。文永の役元寇)が起きる。

 人々には、それが他国侵逼難に思えた。

 周りの人達の日蓮を見る眼が変わった。

 同年、日蓮は赦免される。

 

 一旦は鎌倉に戻るが、程なくその地を去り、身延久遠寺に入山。

 西谷に草庵を構えて以降、9年間、一歩もそこを出なかったという。

 弟子、六老僧に後を託し1289年入滅。

 

 これが、熱情溢れるオルガナイザー、日蓮上人の生涯である。

 鎌倉を散歩していると日蓮上人を所縁の場所をいくつも見ることができる。

 鎌倉の小町に住む人々の幸せを常に願った日蓮

 今も、これからも鎌倉の人達に愛され続けるであろう。

 面影を見たければ、ぜひ鎌倉にどうぞ…。

 

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日蓮が手にしたとされる浄水

 

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              法性寺

 

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                妙本寺の竜

 

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               鎌倉ビール

 

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               鎌倉に来たらやっぱりこれ