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オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

ボケ老人の退場はいつの日か

 人は歳を取ると脳の働きが低下する。記憶力も落ち、物忘れがひどくなる。

 しかし、これは自然の摂理であり個人の不徳ではない。むしろ、不徳はその事実を認めないことにある。

 嘘をついたのに「不祥事ではない」と言い張るのは、現実を直視せず、問題解決を速やかに図ろうとする意思がない証左だ。

 そもそも、何故、嘘をつく必要があるのか。

 つつかれたくないファクトが当該事案に含まれているからだ。そのような状況を作った組織のトップに責任がない訳が無い。

 ここは、潔く引責辞任が妥当だ。

 ところが、「信任を受けているので一日一日を全うする」とポストに執着している。みっともない事、甚だしい。無様だ。

 昭和を生きたエリート官僚であるのなら、日本人の自覚があるのなら「恥を知って」辞任すべきだ。

 「信頼回復がトップの責任」と言いたげだが、それには矛盾がある。

 嘘をつく人がトップにいる組織を誰も信用しない。「信用」とはそういうものだ。優秀なエリートのくせして、「矛盾」「道理」という言葉をご存じないようだ。

 同様の無様な姿をさらしているスポーツ界の重鎮がいる。

 「JUDO」とかいう競技なのか、ひょっとして武道なのか、ビミョーなスポーツ業界のボスだ。

 この老人も、ボケが激しく、「スポーツマン」らしからぬ、またこの業界では大切な筈の「男らしさ」(女子JUDO、ごめんなさい)「潔さ」に著しくかけている。

 このような人は、同じ競技をするものからすれば「尊敬」など到底出来ないと考えられる。

 何故、この ”昭和” を生きて来た老人達は自らの引き際を悟らないのだろうか・・・。何故、ここまで美学が欠落しているのだろうか。

 野球ならば、敬遠などしない投手と打者の真っ向勝負、JUDOならポイントを意識しない一本技を狙い続ける試合運びなど、自分達がアスリート達に求めて来たことと自分の行動とがマッチしないではないか。トップとして恥ずかしくないのか?

 甚だ、昭和の老人達には辟易する。

 この人達が全員、社会から退場しない限り、この国の閉鎖性、硬直性の打破は無理なのかも知れない。

 そもそも、労働者は65歳までしか雇用しないくせに、何で自分達は組織に残留するのだ。この2人のジジイを見ている限り、他の業界も推して知るべし。多くのところで老害がまき散らされている可能性を感じる。

 別段、この2人でなければ組織の信頼回復ができないわけではない。逆だと思う。いるとますます悪くなる予感がする。

 「退場!」です。

・・・・

 

 私達は、この社会は、大切な事を忘れているかも知れない。

 「道理」「道徳」や「潔さ」「清廉」と言ったもの。

 これを私達に教授した先達は、口では言えても、自分達では実践できないらしい。

 「絵に描いた餅」か?

 

 話は飛ぶが、凄惨な事件であった「長崎ストーカー殺人」の判決を聞いた。状況を鑑みれば極刑はやむを得ないだろう。

 被告の人格は、状況から判断するに歪んでいる。しつこい。粘着質極まりない。

 この人は私からすれば「男らしくない」

 この言葉は「死語」だと思う。今時、もう誰も使わない。

 しかし、私が若い頃はこの概念はあった。「男らしくない」と言われたら生きるのが辛かった。旧態とした価値観であるが、悪いばかりではない。

 「男らしくない」と言われるのが死ぬほど辛い人は、ストーカーなどしない。このような事を言われても平気な者が女性にしつこくつきまとうのだ。そもそも女性に嫌われているのに、しつこくつきまとうってどういう了見だ?これまた、恥ずかしくないのか?と思う。

 これ(男らしくない)は「恥」の文化だ。

 いつからか、日本男子は「男らしさ」を失っている。

 そんな概念、平成には必要ない、と考える女性陣がいるならば、その人達にも世に「ストーカー」などというおぞましいものを発生させた ”少し” の責任があると思う。

 私的感覚では、立場にしがみつくみっともなさと、ストーカーのこの上ない格好悪さ、救いの無さには共通するものがある。

 私達は、何かを失ったのだ・・・