究極のアナログ計算機
計算尺。
このアナログツールが考案されたのは、1632年のイギリス。ウィリアム・オートレッドによるとされている。
当初は円形計算尺であったとのこと。まもなく彼は、近代主流になったスライド式の直線尺を生み出したそうだ。
これが計算機として急速に普及したのは19世紀になってから。日本には1894年(明治27年)に輸入されたらしい。
1970年代に個人向け電卓が登場するまでは、研究・開発・建設工事等、様々な現場で科学技術計算用として、これを使う技術者が多かった。
小説や映画にも登場する。
最近ではジブリの「風立ちぬ」で堀越二郎が、古くは小松左京氏の大ベストセラー「日本沈没」で潜水艇の相棒・結城が計算尺を使って、現場で技術計算をするシーンが描かれたりしている。
見た通り、一見ものさし(定規)のようにも見える。
写真はHEMMI製(ヘンミ計算尺株式会社)。立派な革風のケースに入っている。
昭和の頃は、工業高校・商業高校・高専では実習用の計算ツールとして一人一台保有させていたようだ。私の姉は商業高校に通っていたので、これよりも、もう少し簡易・小規模なものを使っていたと思う。
NO.269は尺の右端中央に "Civil" と赤い字で書いてある。これは、土木工学用に作られていることを示すとのこと。
スケールとして見てみると、幾つもの種類の対数目盛が切ってあるのが分かる。
これは、各々、使われ方が異なる。
L:10底の指数・対数目盛
K:3乗根・立方根
A:2乗・平方根
B:2乗・平方根
F:不明。何だろう?
SIN/COS:使い方不明
D尺・C尺が単純な掛け算に使われるもの。
CI尺はC尺の目盛を左右反対に切ったもの。C/CI尺との組み合わせで、スライダーの動きを最小限にしたり、連続計算を行う時に使える。
例えば、a × b を求める時は、D尺をaに合わせ、C尺の "1" をaに合わせる(真ん中の尺は左右にスライドする)。そしてカーソルをC尺のb位置に合わせ、接しているD尺の値を読み取れば、それが答え。
試しに π × 2 を計算してみる。
上記の写真で説明すると、D尺を π 、C尺の "1" をD尺の π に合わせてあるので、C尺の目盛が乗数になる。例えば、C尺 "2" の所のD尺目盛を読むと"6.28〜6.29"になっている。
正解!
次に割算をやってみる。3 ÷ 5 。
D尺に被除数 "3" を合わせ、C尺の除数 "5" をD尺に合わせる。D尺の "1" の所のC尺の値が答え。
"1.67" くらいの所になっている。
このように、電卓がなくても掛け算、割り算が出来てしまうのだ。
何というミラクル !!!
現代の視点で残念(欠点)と言えば、有効数字が3桁であること、位取りは人間がやらねばならないこと(ある意味当然だが)。
しかし、ネーピアが log を発見して以来、実務面で凄まじい成果を上げてきたことは事実であろう。
残念ながら、この素晴らしきアナログツールの寿命は、実質的には1972年のカシオ計算機発売の「電卓」 により終わる。
もう、このような大きなモノサシを使わずとも、6〜8桁の四則演算、平方根、税率計算等、日常的に駆使される計算は、この文明の利器によって容易に実現されることになった。個人レベルで。
毎年、行われていた「計算尺検定」もいつしかその実施を聞かなくなった。
世の中が便利になったことは喜ばしい。
でも、今でも、この超アナログ的なツールに惹かれる。
だから、ずっと探し続け、高座渋谷のハードオフで見つけた時は、喜び勇んで即購入した。値段はよく覚えていない。2000円だったかな…。
今でも、時々触れて悦に浸っている。
400年間も使われてきた珠玉のツール。
やはり道具としての機能美と先達の叡智を感じざるを得ない。
計算尺は美しい…