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オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

「消せる」価値は?

 不思議な新聞記事を見た。

 「消せるボールペン、不正相次ぐ」

 ・・・

 意味が分からない。

 ボールペンとは、筆記用具の先端に小さなボールが付いているからそう表現される。では、「消せるボールペン」と「消せる万年筆」は、記事の本質部分として同意になるはず。

 「消せる鉛筆」という表現は、言い方がくどい。「食べられるバナナ」と同じだ。

 ・・・

 私はほとんどこれまで意識する事が無かったのであるが、「消せるボールペン」が存在すると一体どのようないかがわしい使い方が出来るのだろうか?

 それは、鉛筆を使って行われる犯罪と同じものであるはずだ。

 果たして過去、鉛筆を使った犯罪が存在したのであろうか?

 ・・・・

 私には記憶がない。

 

 新聞記事では、川崎市の例を紹介している。

 財務に関する書類で、57件の使用例があったそうだ。

 もちろん、問題視されているのは、公文書が偽造され兼ねないという可能性についてだ。

 これは、お役所が「お役所仕事」をしていない、ということになる。

 何かにつけ、「証拠を出せ」と迫るお役所が、自らの業務に関して証拠能力のない文書を作成していた、ということ。

 川崎市行政情報課長は、「常識が足りなかった」と当事者に替わり弁明しているが、「足りない」というレベルではなく、仕事の本質(というより基本)が理解できていない職員がうじゃうじゃいる、という事実を認識すべきだと思う。

 「消せる」では、意味がないものが存在することすら分からない役人がいるこの国は、本当に恐ろしい。そもそも、それを決めたのもお役所であろうに・・・

 本当に、情けない国になったものだ。

 

 話は戻るが、「消せるボールペン」って何に使うのだろうか?

 大層、売れている、と聞く。

 今、自筆の文書を使って仕事をする企業は、相当少ないと思うのだが・・・。

 皆、Wordで文書作成するんじゃないの?

 メモであれば、鉛筆でもボールペンでも構わないし。

 鉛筆で書くようなものは、いずれ消えて無くなっても大した影響の無い内容のものだし、一方、ボールペンで記録を残そうとするデータは、逆に消えてしまうと困ると思うのだが。

 因みに、公文書以外で、自筆でなければ証拠能力を認められない書き物なんて、民間企業に存在するのだろうか?

 「消せれば便利」と「消えたら困る」は、とんでもない価値観の相違、絶対距離が存在すると思うのだが、違うのか?

 

 「消せるボールペン」を使う人の価値観は面白い、

 と、心底思っている・・・