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オリオン座が沈む窓

azuyuz captain's log〜”ゆず”艦長の航海日誌

技術は流動する

  1985年9月、USAニューヨークで行われた先進国中央銀行総裁会議(G5)において政策的ドル安誘導が確認された。この決定は後に会議開催場所にちなみ「プラザ合意」と呼ばれることになった。

 ドル安は、日本においては必然的に「円高」を意味する。当時230円程度であった円レートは、88年後半には120円にまで上昇した。

 日本の製造業に激震が走る。

 輸入する原材料は安価になったが、それでモノを作っても輸出できなくなった。いや、できるが利益を生まなかった。

 作れば作るほど「損失」を創造した。

 この時期、国内電機産業は半導体製造が絶好調だった。

 東芝、日立、日本電気富士通の各社は、各々の工場に最新鋭、先端技術を備えた半導体製造ラインを有して全世界に輸出していた。その生産量、シェアはUSAメーカーを凌ぎつつあった。

 当時、某メーカーの経営幹部は円レートが1円上昇すると、30億円の利益が吹っ飛ぶと発言している。当然、230円→120円/ドルの変化は企業の収益構造に大きなインパクトを与えた。

 かくして、電機大手は揃って巨大損失を計上することになる。後日、彼らはこの劇的経済変動を「半導体不況」と呼んだ。

 円高の影響は半導体だけではなかった。

 輸出を収益源としていた国内製造業、中小企業の多くが不況に喘いだ。多くの企業倒産が発生した(1986年の企業倒産数は17,476件)。

 エコノミスト、評論家、マスコミ、経営団体は、こぞって囃し立てた。

 「もはや国内に製造業を保持する意味はない」

 「国際競争力保持のため製造業の海外シフトは必然」

 「国内の高コスト体質を抜本的に改めない限り製造業は生き残れない」

 ちなみに、日本の労働者賃金が「高コスト」になったのは円高による相対的な現象であり、生活者の消費力が上昇したことが理由ではない。

 労働者たちは、自分たちの生活が楽になったわけでもないのに、いきなり「高コスト」と言われて憤慨した。しかし、経営者は彼らの賃金(生活費)を「固定費」と呼んで、その抜本的削減を志向していた。

 

 日本の経営者たちは、「CHAINA」に目を向けた。

 当時の単純比較において中国労働者の賃金水準は日本の1/7と言われていた。

 製造ライン、生産拠点の多くが中国に移転した。やがて中国は「世界の工場」と呼ばれるようになった。

 この円高不況を契機に、事業構造の「再構築」の名目のもと、多くの生産拠点統合・廃止、移転が行われるようになった。

 再構築は本来、re-structure の意味であったがマスコミは「リストラ」という軽薄な和製英語を用いて報道した。

 軽薄の論拠。

 NHKはリストラの説明として「関連会社に転出すること」と解説した。

 巷の酒場では、親父たちは「気の弱いリスのような社員をトラのような怖い上司が首を切る」と揶揄した。

 ドラマでは閑職に追いやられることを「リストラ」と表現した。

 そこに本来意味の ”structure” 、事業構造の変革との崇高な理念は片鱗もない。

 その後、リストラという用語は日本語として異なった意味で定着し、市民権を得る。

 この時の、これ以降の海外シフトの潮流は、製造装置だけではなく多くの技術者の雇用を奪い、また匠の技術の流出、喪失を招いた。現在の中国・韓国の産業発展の背景には、日本の製造業、経営者が行った”リストラ”と、その受け皿としての継続的企業努力の歴史がある。

 最近、三菱重工が大型客船の造船事業において、巨額の損失を計上したとの報道がなされたが、あれは日本の製造業から「(客船の)造船技術」が喪失されつつある事実の一端を示している。

 すでにこの頃から、日本の技術は人・モノとともに「流動化」している、ということだ。

 中国、韓国の台頭には理由が存在する。日本の経営者、政治家はそのこと知っている筈だ。

 

・・・

 

 そして東芝

 見るも無残な状況だ。

 タコが空腹を理由に自らの足を食しているように見える。

 事業売却の結果、コアとなる技術が何も残らない可能性が見通されている。

 半導体事業売却の入札に国内企業が参画していないことから、経団連経済産業省は「技術流出」を危惧し、産業革新機構を巻き込んだ資本投入を目論んでいるとの報道がなされている。

 

 アホらしい。

 今更、何が「技術流出」だ。

 製造業の技術力を軽んじ、リストラに励んだのはどこの誰だ?

 この国においては、匠の精神は経営者から既に切り捨てられている。

 金 >> 匠、なのだ。

 金が欲しいのなら、技術ごと売るしかない。で、なければ一体、どこの誰が1兆円も出すというのだ。

  「技術」はとっくの昔に流動化している。

 

 

 

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あれから7年・・・

 あれから、もう7年経っているとのこと。

 今日、明日と、じっくり読むことにする。

 久しぶりの静かな休日になる。

 

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 言葉の魔術師。村上春樹

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企業努力

 随分前のことであるが、初めてハワイに行った折、小型でシャレたスポーツカーが走っているのを見かけた。

 オープンではない。クーぺタイプだ。大きさは4mくらいか・・・。アメ車にしては極めて小さい。2シーターの様だった。

 「何だろう?あの車。見たことない・・・」

 その後、スーパーの駐車場でその車が停めてあるのを見た。気になっていたので、側に寄ってじっくりと確認した。

 何と、この車、ミッドシップだった。これにはたまげた。

 エンブレムを見ると ”Pontiac Fiero” と打ってある。

 「ポンティアックがこんな洒落た車作ってるんだ」

 驚きは感心に変わった。

 「これ、いいなぁ」心底思った。

 当時、ミッドシップスポーツカーに乗ろうと思ったら、恐らくフェラーリランボルギーニしかなかった。ロータスだって、アストンマーチンだって、アルファロメオだって、皆んなFRだ。ポルシェはRR。HONDA Beatはこの頃、まだ無い・・・。小型のミッドシップスポーツ。まだ、未開拓のセグメントだった・・・。

 

 それから1年後、妻とグアム島に旅行に行くことになった。

 グアムに行ったらレンタカーを借りることにしていた。

 車種は私に任されていた。私は妻に言った。

 「滅多に乗れない車にしようよ。スポーツカーにしない?」

 「いいよ。何にするの?アメ車でしょ?大っきいヤツ?」

 妻は恐らくトランザムのようなスポーツカーをイメージしていたと思う。

 「ポンティアックフィエロ

 「?」

 「フィエロ。去年、ハワイで見た小さいスポーツカーだよ。」

 「ああ、あれね。いいよ。」

 そして、グアムに到着すると早速レンターカーを手配した。しかし・・・。

 残念ながら、フィエロは空きがなく借りることが叶わなかった。代わりに差し出されたのが "ターセル"。

 「・・・」

 私は絶句した。

 ターセルは、分かりやすく言うと「カローラⅡ」だ。その当時、私はサニーのハッチバック(305Re)に乗っていた。

 これはシャレにならん。

 外国で滅多に乗れない車に乗ろうとしたら、いつもと同じ車を差し出された、と言うことだ。それも、よりによって日本車。USAで。

 ま、しかし、文句を言っても始まらない。私達はターセルグアム島のドライブを楽しんだ。

 「フィエロ、日本でも売っていればいいのにね。」

 妻は私を慰めてくれた。

 その数年後、TOYOTAは新型MR-2の海外販売を開始する。

 MR-2はUSAにも輸出された。そして、あっという間にフィエロの持っていた市場を席巻した。数年後、一部のファンに惜しまれながらフィエロはその生涯を閉じる。ポンティアックに後継車は未だ存在しない。

 私は今でもフィエロは好きだ。

 

 アメ車には興味がない。全く知らない訳ではない。しかし、好きではないので興味もない。極めてシンプルな理由で私はアメ車には見向きもしない。

 これまでアメ車で興味を持ったのはJeep Cherokeeくらいだ。これは買ってもいいと真剣に考えていた。当時の私の中での競合はランドクルーザー・プラド。

 しかし、結局買ったのはカリブ(Carib)だった。

 

 新しいUSAのプレジデントは「日本はUSAで日本車を乱売しているのに、アメ車は差別されているため日本では全く売れていない。アンフェアだ!」と意味不明のことを言っている。

 この人、本当にアホなんだと思う。

 いや、失礼した。

 この人に言いたい。

 「フィエロを復活させて日本で売って下さい!」

 約束する。その時、私はフィエロを買う。

 

 私が欲しいのはリンカーンではない。ファイアーバードでもない。マスタングはブスなので嫌いだ。コルベットも全部嫌い。クライスラーって今、何を作っているんだ?

 USAの自動車メーカーは、皆私の好みの車を作ってくれていない。

 外車が嫌いなのではない。現に、今はドイツの小型車に乗っている。 

 USAの車が日本で全く売れないのは規制のせいなんかではない。

 趣味の悪いものを売ろうとしているからだ。

 USAのプレジデント、日本人にUSAの車を買わせる手段を教えてあげる。

 

 「俺たちの好みの車を作れ」

 

 これを日本では企業努力と言う。

 

 

 

 

 

 

 

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倫理なき社会

 北川景子さんで始まり、平愛梨ちゃんで終わる1年であった。長友、お幸せに。

 今年の漢字は「金」だそうな。。

 

 かね・・・?

 センスねぇなぁ。かねかよ。

 自分としては「倫」を挙げたい。倫理の「倫」。不倫の「倫」。

 やたらと芸能人の不倫報道が多かったような気もする1年であるが、別に彼らだけの倫理観、貞操が乱れていた訳ではないだろう。

 私たち一般ピーポーの道徳も似たようなものだ。

 私の周りにも不倫者はいる。別に探さなくとも、周りは気づいているし知っている。教えてくれる。

 流行っている、ではなくて以前からそのようなものだと思っている。今になって始まったことではない。 

 しかし、当事者たちは調子をこいているだけではなく、常に自分とは別の人格に見られていることを忘れてはいけない。人の不快を誘う行為は、やがては露見するものだ。

 そして、SNSが斯様に発展した現代、破廉恥、醜聞ネタは瞬く間にネットで拡散する。いつか、痛い目に遭うことだろう。

 世間は不倫に厳しすぎるというようなことを言っている知識人もいるようだが、別に厳しいわけではないと思っている。

 多くの人は「関係ねーし」と思っている。

 ベッキーへのバッシングを見て、そのように芸能界は感じているのだろうが、別にネット民は、ベッキーの倫理観を叩いたのではないだろう。

 LINEを使って、余りにふざけすぎた会話をしたものだから、それに呆れ果てた感想を各々が書き込んだだけだ。

 私たちに、彼女を批判する/できる高邁な倫理観・人生観は備わっていない。彼女が何をしようと、実は私たちは何〜も気にはしていない。

 

 そんなことよりも倫理で言えば、もっと気になることはある。

 今年もいじめが原因と推測される自殺が相次いだ。

 福島から避難してきた子供たちに差別的な対応をした同級生、学校関係者もいたそうだ。

 この手の話は、今年始まったことではない。ずっと昔からある。私が子供の頃はもっと直接的だったが。

 当事者、関係者の努力にもかかわらず、この問題は根絶されていない。脈々と世代を超えて受け継がれている。

 別に誰かが重要な文化遺産として継承教育してる訳ではないだろう。

 なのに、「いじめ」は無くならない。

 何故か?

 楽しいからか?

 恐らくそうなのだろう。

 ドーパミンが分泌されない限り、こんなくだらないことを人が粘りづよく継続出来る訳がない。

 軍隊でもいじめはあったという。

 恐らく、100年以上継承されている伝統的行為なのだ。

 そして、今や「いじめ」は、我々日本民族のDNAとなりつつある。

 誰も意識せずとも、老若男女、世代・年齢・職業・文化を超えて日本の組織の中に脈々と受け継がれているのだ。

 恐ろしい。

 気持ち悪い。

 

 電通の新入社員の女性が亡くなって1年が経つそうだ。

 電通も今回ばかりは少しは反省しているように見える。

 しかし、人を死に追いやる社風は簡単には変えられないだろう。

 根底には、人を人とも思わない文化があるからだ。

 昭和を象徴する団塊世代はあの会社にも、もういないはず。定年退職しているはずだ。

 このような事件をいかにも起こしそうなモーレツ社員、妖怪ジジイたちは既に会社には存在しない筈。

 なのにこのような事件が起きるのは何故だ?

 DNAを受け継いでいるものが若者の中にもいるからだ。

 仕事ができない新人はいじめても良い(公用語では厳しく指導、と言う)という社風、伝統を頑なに守っている輩が存在するのだ。

 恐らく、継続性の理由、個人的動機は「自分もやられたから、他人にもやってやる」という原始人のような思考だ。

 それが、どのような不幸な事態を産もうが本人は一向に構わない。反省などしない。「俺は仕事には厳しい」と嘯くだけだ。

 そして会社組織は当事者には懲戒も与えない。罰せられない。

 「伝統」の一言で片付けられるのだ。

 

 あの会社で過労死が起きたのは今回が初めてではない。以前から、繰り返されているのだ。

 恐らく、100時間超の労働時間だけが、死の直接的な原因ではない。

 「お前の仕事は最低だ」

 「お前の残業は無駄な時間の浪費だ」

 このような人格を無視した発言で彼女を追い込み続けたことが真の原因だ。

 彼女の心を折った上司、プライドを破壊した先輩が存在する筈だ。

 経験者ならわかる。

 辛いのは長い労働時間ではない。人は、やりがいのある仕事なら何日だって徹夜できる。

 しかし、やっても認めてもらえない仕事、やり続けても無意味な仕事は”辛い”。

 会社自体に行きたくなくなる。しかし、それは責任放棄になるためできない。

 上司が言ったであろう「お前の存在は無駄だ」を証明することになる。

 だから、無理をしてでも出社する。罵倒されるために。

 そして、そんなことをいつまでも続けていられる人間などいない。

 それに耐えられるのは神経が鈍感で無神経で自分勝手な信条を持つ人間だけだ。

 そして、そのような人間は自分の価値観だけが正しいと思っており、それを他人に平気で強要する。

 恐らくあの会社は、そういう人間の坩堝なのだ。

 

 あの会社がどうなろうが、どうでもいい。関係ないもの。

 しかし、日本全体がそのような方向性(DNA)を持っているのであれば、それは困る。

 私の娘の旦那(婿どの)が一昨年転職した。

 その際、聞いた話であるが、前の会社の上司がなかなか辞めさせてくれなくて、大層苦労したそうだ。

 「今、辞められたら困る。」

 「途中で仕事を放り出されたら迷惑だ。」

 「今の仕事が片付いたら辞めさせてやる。」

 ネットで聞いたことはあったが、本当にこんなことをいう輩がいるんだ?!

 これを言った彼の上司って、一体どういう人間なのだろうか。

 これまで、どういう環境で育ってきたのだろうか。これまで、どのような社会人生活を送ってきたのだろうか。

 謎は解けていない。

 婿どのは、最終的には労働組合に相談して無事退職が叶ったそうだ。

 労働組合は、そもそもは「雇用を守る」ための組織だ。

 会社を辞めるために支援を求める組織ではない。

 会社とそこにいる社員(上司)がおかしな思想の持ち主であることがよく理解できるエピソードだ。婿どのはそこを辞めて正解だった。

 

 会社を辞めたい社員は、一般には会社に何らかの不満があって、その解決が就業を通じては不可能であるとの思いに至った時、「退職」という行動に出る。つまり、会社に愛想が尽きているわけだ。

 よって、上司は本来、部下が退職を申し出た際、彼にとって「何が不満であったか」を理解し、その解決に努力を注ぐことが本筋の筈だ。

 「辞めたい」と言われること自体が管理職にとって「恥」と思うべきであり、自らの監督責任の至らなさを悔いるべきなのだ。

 それを「今辞めるのは無責任だ。辞めさせない。」とはどういう了見だ?

 それが今時の中間層の常識だというならば、やはりこの国は腐っている。既に死んでいると言える。

 わざわざ「日本、死ね」と言うまでもない。

 因みに日本国憲法では「職業選択の自由」が謳われている。この上司は学校に行っていないのか?

 憲法違反だぞ。

 

 変な世の中だ。

 倫理なき社会に次代の展望など描けない。

 年末に、つまらねぇ事件を見てしまった。

 不倫は構わないが、仕事で人を殺すようなことはするな。

 俺たちおっさんは、君たちにそのような倫理観は求めていない。

 もっと、自由に生きろ。

 この国は君たちのものだ。

 

 

 

 

 

 

 

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誤ったイノベーション

 Windows10がいけない。

 まだ、8.1の方がマシだった。

 UIが変わってしまって、私からすれば操作性が悪くなった。どこに何のアプリがあって、どうすればしたいことができるのか、さっぱり分からない。

 そもそも、IEの「お気に入り」はどこに行ったのだ。

 Siriではなく、コマンド実行用の窓はどこにあるのだ。

 ・・・・

 このマシン(Acer V5)はしばらく触っていなかった。

 業務用途を除けば、世の中の人たちのPCの使い道の大半はインターネットコミュニケーターであろう。私の妻もその通りで、普段はiphoneを使ってメール、LINEをやっている。

 妻がPCを使うのは、Amazonでの買い物だ。他のことは全てiphoneでできるのでPCは使わない。

 そのため、相当の期間、PCを立ち上げていなかったようだ。

 

 用があって、私は久しぶりに、PCを預かって電源を立ち上げてみたのだが、これがいけない。

 更新プログラムのダウンロード、インストールの繰り返しで、マシンがまともに走っていることがない。ほとんどの時間が更新プログラムの動作に支配されている感じだ。

 電源を立ち上げれば、いつの間にかローディング…、落とそうとしても勝手にインストールで何十分間もマシンを占有。いつまで経っても電源は落ちない。

 アプリがなかなか立ち上がらない。立ち上がっても…遅い。バックグラウンドで、ず〜っと何かが走っている。重い。凄まじく重い。

 放っておいたら、いつの間にかブルースクリーンになっている。

 「修復をしています(XX%完了)」

 この状態で、数十分間占有状態が何度も続く。

 この2週間ほどで、Windows10がまともに動いている時間は、マシンが立ち上がっている時間の半分もない感じだ。

 大げさに言っているのではなく、バックグラウンドジョブを意識させられている時間を含めれば、本当にそうなのだ。

 こんなマシン、使えない。

 いや、ハードが不良なのではなく、搭載されているOSがPCを使用不能にしているのだ。意味不明。

 ・・・

 日常の用途は、Macで十分だ。

 私のMac Book Proは、Mid2010であるが、Sierraは何でもなく動作している。結構、古いマシンであるが最新OSの動作に何の支障もない。

 それに対して、Windows10のこの体たらくは何なのだ。

 動かないコンピュータ、アプリを動かせないオペレーティングシステム(OS)を開発しているマイクロソフトという会社は一体何者なのだろう?

 当たり前のことであるが、OSはアプリを動作させるためのプラットフォームだ。目的はコンピュータを使って何らかの仕事をすることで、OSを動かすことが目的ではない。

 OSがコンピュータを占有するなんて、本末転倒。何をやっているのか、さっぱり分からない。

  OSが本来の仕事をそっちのけで、更新プログラムをローディングし続けないといけないことが止むを得ない現実であるというのであれば、それは設計が実用に耐えないのであって、商品として成り立っていないということだ。

 

  マイクロソフトMS-DOSを世に出したのが1981年。それから、この会社はイノベーションを重ね続けた。

 この会社が開発したOSがPCを単なる文房具にした。この功績は偉大だ。歴史に残る偉業と言える。

 しかし、この会社はOSというものを公共財ではなく ”商品” としてしまった。

 そして商品だから、売るためのVerUPを繰り返した。本来、不要であったとしても、だ。

 イノベーションが本来の目的ではなく、売るための ”改変” である(勿論、中には必要なイノベーションもある)。

 そして、今やこの会社の売っているOSは、継続的にセキュリティ・パッチを当てないと正常な動作を保証できないクズ技術で出来てしまっている。

 

 Windows10は、間違ったイノベーションで出来ている。

 本来不要な機能、実装技術が、発揮されるべき性能をスポイルしている。

 残念至極。

 今一度、Unixを触ってみてほしい。

 本来のOSとはこのようなもののはずだ。

 ケータイやタブレットでインターネットコミュニケーションは十分にできる。

 で、あればPCに求められる機能とは何なのか?

 ゴテゴテした映像・動画表示機能ではない。

 ”仕事” を成し遂げるための環境を提供することだ。

 今のWindowsは、評価する価値がないゴミクズだ。

 

 

大山の価値

 ここ10数年間、この時期には仕事で外出していた妻が、今年は珍しく家にいる。

 彼女は季節労働者だ。ある時期になると、パッと家からいなくなる。

 彼女はこれまで、今の時期にゆっくりすることが無かった関係上、今年はやたらと外出したがる。

 袋田や鎌倉の話が最近続くのはこうした理由による。

 そして、昨日(11月23日)は大山に行ってきた。

 友人から話を聞いて、一度行って見たかったとの事。この時期は紅葉鑑賞も目的の一つだ。

 朝、7時前に車で出発。

 大山に到着したのは7時40分頃。第2駐車場は既に満車との事で、第1駐車場にエスコートされた。さすがにこの時期、駐車場が埋まるのが早い。

 早く家を出てきて正解であったが、実はケーブルカー始発が9時なので、あまり早く来過ぎても駅で待つことになる。この辺りの時間調整が難しい。

 とにかく、車で大山に行く限りは「駐車場確保」が第一優先事項。

 

 無事、車を駐車場に入れたのでケーブルカー駅まで徒歩。

 のっけから、坂道を歩くことになった。

 妻は、

「ゲッ!いきなり坂道…」

と驚く。

 

 ケーブルカー駅に着いたのが8時頃。

 駅員さんに聞くと「本日は臨時列車を走らせます。8時30分が始発です」との事。

 いつもより、30分早く出発させるとの事だった。また、この日は、通常20分毎の運転間隔を8分に変更していた。つまり、シャトル便(ピストン)で運行していた。

 阿夫利神社から登山開始したのは8時50分頃。

 山頂に到着したのは11時過ぎ。

 この時期であり、それも天気予報では23日は寒くなると言われていたので、私は相当に厚着をしていた。

 ヒートテック+長袖Tシャツ+厚着シャツ+ウィンドブレーカーの重装備だ。足にもヒートテックを着用している。

 しかし、途中でTシャツは脱いだ。

 ニットの帽子も脱いだ。

 やがて、ウィンドブレーカーも脱いだ。

 腕をまくって半袖にした。

 登りの坂ではやはり汗が噴き出す。寒さよりも暑さが勝った。

 しかし、20丁目近くになると、休憩していても寒さが身にしみるようになる。

 そして、山頂。

 持って来たおにぎりを食べながら休憩。

 妻はお店で「豚汁」と缶ビールを買って来て  ”プハァ〜”  をやっている。

 この間、山頂はやはり寒かった。手が悴んでいたので、やはり氷点下だったのだと思う。

 山頂で、ウィンドブレーカーを着用ししっかりと身支度を整えた。

 

 40分ほど休憩して、見晴台方面から下山を開始した。

 2時間と少しで阿夫利神社に戻った。

 その間、何度か市街地から海までを見晴らすことができた。

 まさに絶景。

 

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↑ 「見晴台」よりかなり山頂に近い場所から撮影。

  遠くに見えるのは「スカイツリー」ではないか?

 

 

 

 ここまで登ってくる途中に、富士見台で雲海のようなものが見えたが、こちらからのルートでは、県下全域を見渡すことができる。

 右手を見ると真鶴半島、左手を見ると東京まで見える。

 大山が地元の人たちから愛される理由が分かったような気がする。ここからは、神奈川県の全部が見えるのだ。

 江ノ島湘南平。県中央を横切る東名高速。それにクロスする相模川

 私たちの住む地域、土地がパノラマのようになっている。

 神奈川県の全てがここから見えるということは、つまり大山は県下のどこからでも常に見えている、ということだ。意識したことはないが、車窓から高い山が見えれば、それが ”大山” なのだ。

 いつも私たちを天上から見守ってくれている。

 何とありがたいことであろうか。

 阿夫利神社で手を合わせ、そんなことを考えていた。

 そういえば、妻は「雨女」の呪縛から逃れられるよう阿夫利(雨降り)神社にお願いしたとの事。そんなご利益もあるのか?

 

 大山に車で行く場合は、駐車場確保が第一と言ったが、近隣に臨時駐車場が多く設けられているようだ。

 帰路、幾つかの臨時駐車場を確認することができた。大山小学校が臨時駐車場になっている、との看板は確かに確認した。無料で、シャトルバスらしきものが走っているようだ(詳細は不明)。

 駅近くの販売店や民家が有料駐車場を設けていることも多々あり、あちこち探すと意外と止める場所はあるのかもしれない。見かけた看板の多くは「駐車料1000円」としていた。

 あと、第2駐車場のすぐ手前の民間駐車場(パーク24みたいなやつ)は、何故か、行く時も帰る時も「空き」があった。料金は1000円。何でみんなここに止めないのだろうか…。

 因みに、私達がエスコートされた第1駐車場は料金600円であるが、第2駐車場までは登り坂で650m離れている。

 大山は「豆腐料理」が有名であるが、豆腐店は第2駐車場のそばに少なくとも2軒ある。作りたての豆腐を調達するならここだ。

 私達が帰る時も、第2駐車には車の待ち行列ができていた。

 さて、どこに車を止めるのが正解だろうか…

 

 

 

 

 

 

 

 

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鎌倉五山+3

 鎌倉は今、紅葉の季節を迎えている。

 昨年、長谷寺の紅葉見学に行ったのだが時期が早過ぎた。

 この反省を踏まえ、今回は11月下旬に時期を定めて鎌倉の寺巡りをすることになった。

 ターゲットは妻からの進言により「鎌倉5山」とした。友人から建長寺の天井に描かれている龍は見ておいた方が良い、と勧められたことによる。

 そして、せっかく鎌倉の禅寺に行くのであれば、一層の事、5つとも回ってしまえ、ということになったのだ。

 私はそれまで「鎌倉5山」というものを知らなかったが、調べてみると、なるほど、北鎌倉から歩いて回れそうな位置関係にある(浄妙寺は別)。

 北鎌倉駅からの順路は以下の通りとなる。

 

 ○北鎌倉駅円覚寺浄智寺建長寺寿福寺浄妙寺

 

 北鎌倉から鶴岡八幡宮の脇を抜け、小町通りを通って鎌倉駅までは、距離にして2.3Kmほど。思ったよりも近い。ただ真っ直ぐに歩くだけなら1時間はかからない。

 浄妙寺は他の4つの寺よりも離れているので、鎌倉駅からバスを使うことなる(小町通りを経由せず、そのまま八幡宮の前を通り過ぎて徒歩で行くことも可能)。

 このルートは八幡宮の前を経由するので、若干渋滞するが浄妙寺までは2区間と、そう遠い距離(2Km)ではない。混んでも30分はかからない。

 

 私達(私と妻)はこのコースで、五山に「東慶寺」「報国寺」「旧華頂宮邸」を加えることにした。どれも、五山の近辺にあるものだ。

 「旧華頂宮邸」は、今、TVドラマ放映中の「IQ246」で織田裕二さんが住んでいる豪邸のモデルになっているそうだ。

 朝、8時に出発。

 9時前に北鎌倉駅に着いたが、日曜日の紅葉シーズンとあって大層な賑わいだった。

 観光客にジジ・ババが多いのは昔からであるが、若い人やカップル、外国人旅行者も結構いる。さすが、鎌倉、である。

 以下、鎌倉の紅葉を撮ってきたので幾つか紹介しておく。

 

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円覚寺の紅葉

 

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東慶寺の庭園

 

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浄智寺

 

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同じく浄智寺

 

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お馴染み建長寺

 

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天井に描かれた龍

 

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寿福寺

 

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寿福寺の紅葉

 

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浄妙寺の紅葉

 

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喫茶店の庭には枯山水もある

 

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報国寺にて

 

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ため息が出るような見事な竹林

 

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IQ246のお家

 

  鎌倉は道が狭く、駐車場が少ないため、車での観光は不向きと見るのが一般的だ。しかし、今回、グルッと巡回して見て「パーク24」をはじめとする小規模駐車場が相当数あることに気がついた。

 3〜4台規模のものがあちこちにあった。料金はどこも1時間600円と高い。しかし、多くの所は平日に限りMAX料金を設定している。拠点の駐車場を設定した上で、車で機動的に移動するのも良いかもしれない。

 それから、寺のHPを見ると「駐車場が少ないため公共交通を使って下さい」旨のことが書いてあるが、建長寺以外の寺の駐車場は実は空きがあった。

 建長寺八幡宮の駐車場はさすがに満車であったが、他は全くと言っていいほど混んでいない。この繁忙期のシーズンの日曜日であるのに…、だ。

 平日であれば、鎌倉は車でも十分に行けると思う。

 

 鎌倉の佇まいが好きだ。

 京都が古都としてのNO.1であれば、鎌倉は小京都のNO.1であると言える。

 春、梅雨の頃もいいが、今の時期も抜群にいい。

 ようこそ。海と山に面した都へ…

 

 

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袋田まで6時間っておかしいだろ。でも鹿島は最高だ。

 先日、袋田の滝を見に行ったことは書いた。

 自宅を出たのは9時頃。

 袋田に着いたのは何と午後3時だ。

 家から何と6時間もかかっている。いくら平日とは言えかかり過ぎだろ。

 原因は首都高速の渋滞だ。

 大井、昭和島、箱崎・・・。

 首都高速を抜けるのに3時間もかかっている。アホか!

 

 事故渋滞もあったようであるが、平日の首都高速はこんなに混んでいるのか?

 「混んでるなぁ〜。皆、何しに行くんだ?」

 「お仕事の車でしょ。働く車だよ」

 「いや、こんなことやってたら東京では仕事にならない・・・」

 

 経済損失著しい。

 異常だよ。首都高速・・・

 勝手にやってろ。

 

 一方、鹿島サッカースタジアムで驚いたこと。

 私たちは4F席だった。

 そこには2つのお店が出ていた。

 私たちはその片方に並んだのであるが、そこのモノがすごく良かった。

・カツカレー:400円

・モツ煮:400円

・ジャンボフランク:300円

 

 これ全て、現地でお姉さん、お母さん達が作っていた真っ当なモノである。

 カレーはカツを現地で揚げていた。ご飯も炊いたものを釜からよそってくれた。カレーは商用のものかもしれないが美味しかった。これにカツが3枚付いて400円。

 破格だ。

 めっちゃ美味しかった。大満足である。

 モツ煮は寒いスタジアムでは食べたくなる一品だ。物凄く売れていた。

 味は少し薄めだったが400円にしては十分。

 おばさん達も忙しくて面倒だったのかネギを死ぬほど大量に入れてくれた。

 ジャンボフランクは30cm弱の本当に大きなものだった。よく焼いてあり、とても美味しかった。

 妻が痛く感動していた。

 「こんな安くて美味しいもの初めて!」

 私も同感だった。

 鹿島スタジアム、最高!

 また、行こうと思う。

 神奈川県に住む私たちにとっては鹿島は交通が不便なため、行くのが億劫になる。しかし、駐車場については心配いらない。だから車で行って帰ってくれば良い。

 私たちは試合終了まで観戦したが、自宅には0時過ぎに到着出来た。問題ない。

 私たちは、袋田に寄った関係上、鹿島到着が6時過ぎになった(試合は7時20分開始)。しかし、スタジアムから程ない距離の大きな民間駐車場に何の問題もなく入れた。

 大丈夫。

 鹿島の町のキャパシティは大きい。

 車で行っても大丈夫だ。必ず止められる。

 因みに料金はどこも1000円だ。

 鹿島サッカースタジアム。また、行ってみたい。

 アントラーズ、万歳!

日本の紅葉と滝

 先日、妻に誘われ「袋田の滝」を見に行ってきた。何でも「日本3大滝」なのだそうだ。これ以外の2つは、華厳の滝那智だそうで。

 実際行ってみると素晴らしい。

 行ってみる価値はある。雄壮だ。

 しかし、思い出したのだが私は20年以上前にここにきたことがある。茨城の友人に連れてきてもらった記憶がある。

 懐かしい・・・

 しかし、以前はこのような賑わいではなかった気がする。

 ここは紅葉の名勝でもあるとのこと。

 

 帰りは「鹿島サッカースタジアム」で「日本VSオマーン」の観戦。

 これが妻の望んだ今日1日のルートだった。

 忙しい1日だった。しかし、充実していた。

 

 今、列島は紅葉を迎えている。

 日本は今、とてもいい季節だ。

 

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おまけの鹿島サッカースタジアム。本当に立派なスタジアムだった。

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長谷部は出場せず。妻はプンプンだった。

 

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その免許が本当に必要か

www.asahi.com

 

 ホンダとヤマハの原チャリ提携には驚いた。

 私のような世代のおっさんにとって、両社にカワサキ/スズキを加えた4社は絵に描いたようなライバル同士だ。

 ユーザーは完全に分断されており、これらが被ることはあり得なかった。ヤマハファンは、いつまでたってもヤハマファン。ホンダ・カワサキファンについても同様。

 私の友人達が所有していたバイクの代表選手は、

・SR400

・CB400FOUR

・XR400

だったか…

 たまたまであるが、SUZUKIのユーザーはいなかった。

 

 それらの中で、ヤマハ/ホンダの両社が、原チャリに限ってであろうが提携とは…

 ヤマハはJOGの生産をやめてしまうそうだ。

 私、若い頃、JOGを愛用していた。残念。

 

 しかし、上記の朝日新聞の記事に詳しいように、原チャリの国内市場は1980年で200万台規模であったものが最近では何とその1/10にまで縮小しているとか。

 これは辛い。商売にならない。

 聞くところによると、原チャリのライバルは「電動アシストし過ぎ自転車」だとか。

 私は電動機付き自転車は乗ったことがないが、これ、結構便利らしい。

 見た目よりも電動機の補助は強力らしく、日本の一般市街地の坂で登れない場所は皆無とのこと。信じられないくらいスムーズに走れるらしい。

 なるほど。

 外見さえ気にならないなら、お父さん達も駅までの通勤の足にこれを選ぶかも知れない。

 そう言えば、朝の通勤時間帯に電動アシストに乗っているリーマンを見かけたことがある。なるほど。なるほど…

 エコで原チャリより安価、ちょっとした運動にもなるアシスト付き自転車は、免許取得の必要も無い。子供を2人抱えたママさん達にも恩恵大。

 私が気がつかない間に、時代のトレンドは原チャリからチャリンコに移行している。

 近場の移動ツールは、チャリンコがエコ/ヘルシーで完全に主流になったと納得する。今回の件で、時代の変遷を強く意識させられた。

 

 ところで、本件と関連性が感じられる話題がある。

 業界団体から、原付2種免許の解禁要望が出されており政府がその検討に入ったとの噂である。

 今すぐに、ということにはならないであろうが、もし近い将来解禁が実現すれば、小型バイク市場の多少の拡大に寄与することかも知れない。

 現に、私は小型のスクーターは欲しいと思っている。

 早いところ実現して欲しいものだ。

 もし、実現したらVespaが欲しい。Vespaに125ccってあるのかしら…

 解禁については、当然反対意見が出ている。

 私のような、教習を受けていないおっさん達が街に大量繁殖して交通の妨げになったり、事故を多発させるというものだ。

 ごもっともな意見である。

 しかし、私はオートマチックのスクーターに乗ろうとしているので運転については心配ご無用だ。安全に対しても分別と準備、対策は自己責任で行う。心配には当たらない。

 それよりも考えて欲しいのは、そもそもバイクの運転に専門免許が3種類も必要なのか、ということだ。

 ご存知のように、私の世代の少し上では、普通免許で全ての2輪車が運転可能だった。そして、日本人が大好きな「欧米」だとか、「世界の云々」では『バイク免許』など存在しない。

 「危ない!」と言っているのは【日本だけ】だ。

 そして、ほんの40年ほど前の日本は「世界標準」だったのだ。

 一体、何のための免許?

 誰のための規制?

 私にとっては、意味不明である。

 そろそろ、何でもかんでも「規制」「認可」「免許」って止めればいいのに。

 「2輪バイクの国内市場が縮小している」

 思わぬ話題から、この国の歪さを思い出した次第である。

 

 

 

 

無い袖は振るべきではない

 サンスクリット語に「マンジュシュリー」という言葉があるそうだ。

 「マンジュ」は ”妙” 、「優れたこと」、「シュリー」は "吉祥" 、「めでたい=吉」を意味するらしい。このことから、「マンジュシュリー」を中国では「妙吉祥」「妙徳」と訳するとのこと。

 日本ではこれを「文殊」=優れた仏の智慧(ちえ)と言う。一般には文殊菩薩を指している。

 文殊菩薩像は、獅子の上に座り、左手に剣を右手に経典を持っている。剣は煩わしい煩悩を断ち切る仏の智慧を、経典はありがたき大乗仏教の教えを象徴するらしい。

 何とありがたい菩薩であろうか。

 悟りに至る智慧と行動の有り様を私達に指し示して下さっていると言うことだ。

 ありがたい仏様であるが、どこに行けば会えるのかは知らない。

 

 さて、もう一方の「もんじゅ」は遂に引導を渡されるようだ。

 高速増殖炉の方である。

 これまでの総事業費は、建設費5,886億円、運転・維持費4,524億円、総額10,410億円。維持費は平成28年度予算で185億円とのこと。

 笑ってしまうのであるが、このプラント、何と固定資産税がかかっている。それも年間12億円。

 文科省廃炉に3,000億円はかかると言っているこの無用の長物に、年間12億円の資産税とのこと。おかしくて、滑稽で、笑いが止まらない。

 固定資産税は、”資産価値”があるからかかるのだ。

 この放射性廃棄物の巨大な塊に、22年間で250日しか動いていないプラント、それも再利用など不可能な施設に、一体どのような資産価値があると言うのだろう?

 廃炉になった暁には、是非とも差し押さえをして頂き、その貴重な資産のあれこれを税務署の人達に持ち帰り頂きたい。恐らく地元の方々もそれを望んでいる。

 

 

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                                ↑

                          「電気事業連合会HP」より

 

 今回の廃炉の方針は、誰が見ても正論であろう。

 そんなことよりも、何でもっと速く意思決定が出来なかったのかの方が大問題だ。

 これまでに垂れ流され続けた1兆円はもう帰ってこない。回収不能だ。

 高速増殖炉の研究は今後も継続すると政府は宣う。そりゃそうだ。今さら「出来ません」とは言えないだろう。

 そんなこと言えば、私達が「責任者出てこい!」「1兆円返せ!」と責めるからだ。

 政府が止めるに止められない事情は分からんでも無い。しかし、そもそも高速増殖炉なんて本当に実現出来るのか?

 「もんじゅ」がたびたびの事故と運用者の不手際により、永らく稼働停止していた経緯は皆が知っている。

 そもそもの計画が無理筋だったのではないのか?

 私には "高速増殖炉" は、「錬金術」にしか見えない。 

 劣化ウランからプルトニウムを生成することは、理論上・数式上では出来るのであろうが、それをプラントとして継続的・安定的に実現することは、今の日本の技術では不可能だ、ということではないのか?

 この20年間の「もんじゅ」の人生がそのことを物語っている。また、それ以前の「原子力船むつ」の辿った経緯が、この国の政府・国民の智慧の限界を示しているように見えて仕方が無い("むつ" は母港すら持てなかった)。

 私達の技術力・運用力では「原子力船」すら、実用化出来ていないのだ。

 「もんじゅ」は、粛々とフェードアウトさせるべきだ、と私は思う。

 

 「もんじゅ」の地元福井県では知事をはじめとする関係者が大騒ぎしている。

 「研究停止、施設の廃棄はあり得ない」と…

 しかし、彼らが指向しているゴールは「夢の再生エネルギー」ではない。

 地域経済を支える資金。金だ。

 だから、なんやかんや言っても、関係者は最終的には「電源交付金の代替案を示せ」と腹では思っている。

 分からないでもない。

 しかし、この世に錬金術など存在しない。

 敦賀市の住民は「高速増殖炉が実現するかはどうでも良い」「これまでと同じく地域経済を維持さえ出来れば良い」と考えているのだろうか?

 

 高速増殖炉プランは既に破綻している。

 そんなものに群がって行き延びようなどと考えない方が良いと思う。

 

 「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがあるが、それには続きがあるそうだ。

 「三人寄れば文殊の知恵、百人寄っても出ぬは金なり」

 無い袖は振るべきではないし、頼るべきでも無い。

 文殊の智慧は一体どこに行ってしまったのだ…

 

 

 

 

  

 

 

 

10万円のジャケットは買いません

 我が家では、日本経済新聞を購入している。月当たりの購読料は4,509円らしい(口座振替なので意識していない)。

 読売新聞であると4,037円らしいので、日経は割高だ。産経新聞は他誌よりも安いと聞いたことがあるので調べてみると、3,034円であったが、これは朝刊だけの値段とのこと。

 はて、産経には夕刊がないのであろうか。HPを見ただけでは分からなかった。

 

 と言うわけで、日経が他誌よりも割高であるのは間違いないとしても、それ相応の付加価値はある。

 経済欄の専門性は当然のこととしても、30〜40頁のボリュームを有する紙面・記事は多彩かつ、ある意味で充実はしている。

 勝手なことを書いている経済コラムにも、たまに耳を傾けるべき出色のオピニオンはある。

 日常の記事もさることながら、毎週末の別紙特集は結構楽しい。私の妻はよく目を通しているようだ。

 ビジネスパーソンとしても自分もそろそろ枯れてきたなぁ、と実感するこの頃、無理してまで高価な新聞を定期購読する必要もないかと考えていたのであるが、妻の反応は意外にも、

「別に新聞くらいとっててもいいんじゃない。じゃまにならないし」

というもの。

 この手の節約は不要とのことらしい。

 

 と言う訳で昨日の日経朝刊には、月一度のおまけとして「THE NIKKEI MAGAZINE STYLE」が添付されていた。

 今月の特集は、 "ファッション&ライフスタイル" とのこと。

 各種ブランドのスーツ、ジャケット、シャツ、パンツ、ビジネスバッグが中心の特集だった。

 

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↑ コーヒーをこぼしてしまいシワシワ 

 

 「HUGO BOSS」「AZABU THE CUSTOM SHIRT」「Factelier」「PELLE MORBIDA」「ONLY」等のブランドが紹介されていたが、私はこれらを全く知らない。

 恐らく私が無知で無頓着なのであろうが、それにしても全く知らない。銀座辺りに行けばお目にかかれるのだろうか。あるいは、横浜そごうにも陳列されているのか。

 謎だ…

 今まで、この冊子に紹介された商品群で私が「ああ、これ知ってる」と思ったのは腕時計だけ。時計は好きなので、この時だけは一生懸命に見る。

 さて、今回特集の中で、ジャケットだけはちゃんと見てみた。

 ブランドは知らないが、どれもいいな、と正直に思う。しかし、どれも高価だ。OVER ¥100,000 が当たり前のように並ぶ。

 いくらなんでも高過ぎ…。

 日経の読者は皆こんなに高価なジャケット、スーツを着ているのだろうか。

 例えば「Henry Cotton's」のジャケット(ネイビー)は89,000円、パンツは33,000円だ。上下で併せて123,000円。

 

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 パンツはいくらモノが良くとも消耗が激しい。2〜3シーズンでおシャカになる覚悟が必要。これに3万円だすかなぁ。

 私はムリ。

 一方、ジャケットは大切に着れば、結構保つ。良いものであれば、尚更だ。

 私はジャケットはずっと以前から「J-PRESS」を愛用している。「J-PRESS」のフランネル生地は結構頑丈だ。6〜7年は行ける。

 値段も結構するが、その価値はあると思っている。

 3つボタンが良い。

 実は「Brooks Brothers」のジャケットも保有しているのだが、着たときの感触は「J-PRESS」の方が気に入っている。

 やはり、「J-PRESS」のデザイン、生地は良い。すごくリラックスできると感じている。

 できれば、「THE NIKKEI MAGAZINE STYLE」においては「J-PRESS」や「Ralph Lauren」の新作も紹介して欲しい。

 10万円のジャケットを紹介されても困る。

 

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 ところで、左側のモデルさん。

 とても素敵だ。

 誰なんだろう…

 ここに掲載されるジャケットを着れば、彼女に遭えるのか…

 

 

 

役満は自摸るしかない

 随分、前の記憶。

 南場の何局目であったかは覚えていない。

 好調なツモにより私は10巡目辺りで聴牌した。手の内は大三元対々和の ”中” 待ち。自摸れば「大三元四暗刻」のダブル役満だ。

 私は敢えてリーチをかけた。

 理由は精確には覚えていないが「今日のメンバでは、その方が当たり牌が出易い」と判断したからなのは間違いない。

 記憶では、場に三元牌はまだ出ていなかったと思う。私の捨牌からは手役は平和系に見えたはず。序盤戦であるが故に、

字牌なら出る」

 恐らく私はそう考えていた。

 

 その時、下家のAが追いかけリーチをした。

 Aは、顔を覗き込ませて言った。「ゆず、どんな手?」

 私の手牌を見て、Aは絶句した。何も言わなかった。

  上家のUが「ゆず、でっかいの?」と聞いた。

「まあまあ」

 このやりとりを対面のHがじっと見ていた。そして、呟いた。

「ハハ〜ン」

 私はマズイと思った。彼を引っ掛けようと思っていたのに、Aの反応で手牌を読まれたような気がした。

 この場面、例えば私が、純全帯・三色同順一盃口・ドラ2を聴牌していたとしても、恐らくAが示した絶句の表情にはならない。

「でっけ〜」って顔をするくらいであろう。

 Hは恐らくAの表情から私の手牌を読んだ。

「恐らく役満。それは三元牌が捨てられていない場を見れば分かる。恐らく国士無双ではない。『大三元』だ。」

 そして、その読みは当たっていた。

 私は、Hに恐らく上がり牌を読まれたことを覚悟した。

 Aが私の牌列を覗き込んでこなければ、こうならなかったかもしれないが、今さらそう言っても仕方が無い。

「ここは自摸るしかない」

 役満を目指す故に、そう考えた。

 結果、この場は流局となった。見事なのはHである。流局になって手持ちを開いた時、Hの手牌の中には しっかりと ”中” が握られていた。

「やっぱりね。ゆずは危ね〜わ」

 Hはそう言ったが、私はこの勝負に負けたことを自覚した。

 このこと以来、私は自分の手牌を他人に見せることを止めた。リーチをかけたら直ちに牌を伏せることにしている。

 

「でかい成果を目指すのであれば、他人に頼ること無く自分自身の手で成し遂げねばならない。そして手の内は見せるものでは無い」

 麻雀で得た人生の教訓だ(実はそんな大袈裟なものではない…)。

 

 麻雀には、さまざまなローカルルールがあり、それが不便であり、また楽しくもある。

 私は横浜に出てきて、あちこちの人達と麻雀をやってみてそのことが興味深く、また、楽しかった。

ゲイシ

・ワレメ

・花牌

・タテ/ヨコのウマ、等々

 まあ、色々と考えるものだわ。

 しかし、様々なローカルルールの中で、やはりゲーム実行に当たって、よく調整に苦労したのは下記のもの。 

①ルールは「ありあり」or「なしなし」→ものすごく揉める

②ウラドラ、カンドラの扱い

③ダブル役満の取扱(何に適用するか)

④大車輪は役満とするか

 

 そして、これらに加え事前の合意形成を忘れていると思わぬ時に揉めてしまう役満ルールがある。

 無さそうで、意外と起こり得る。

 それが「人和(レンホー)」だ。

 

 これは、「地和(チーホー)」から派生した役満だと推測するのであるが、地家が1巡目に自摸るのではなく、場に捨てられた不要牌を当たるのが「人和」。

 細かな定義では「上家の捨牌にしか当たれない」とのルールもあるそうだ。

  私の友人達は、1巡目全ての捨牌に当たっても「人和」としていた。比較的柔らかい取扱だったようだ。

 この手牌、珍しいことは確かなので、その取扱を満貫とするか役満とするか、それはその地域各々の価値観として決定されていたのだと思う。

 

・・・・・・

 

 民進党とかいう政党の党首が「蓮舫」さんに決まったとのこと。

 妻は「悪くないね。ビジュアルとイメージは大切だよ」と言っている。

 まあ、頑張って下さい。

 

 しかし、ひとつ言いたいことがある。党の幹事長が野田佳彦だと?。

 「人和」いや「蓮舫」は、一体何を考えている?

 民主党時代の政権交代とその失敗要因を忘れたのか?

 今さら、この男を党の幹事長に据えるだと?

 わざわざ、あの忌まわしい記憶を我々に思い起こせとでも言うのか?

 こやつの顔なぞ、見たくもない!

 

 こう思うのは私だけだろうか?

 

 「マニフェスト

 この 本来は堅い意味を持ち、しかしフワッとなっていた”日本語” を日本から駆逐したのはこやつだ。

 21世紀においてさえ「政治家は約束を守らない」「政治家は汚い」を実践して見せたのもやはり、こやつだ。

 私は約束を守らない人の形をした生物を、生涯絶対に許さない。

 若い頃のほんの少し間、政治に関わったことのある者として、これは絶対の不文律だ。

 

 蓮舫代表には、幹事長がどのような人物であれ、頑張ってもらいたいと思っている。

 そして、あなたの名が示すように、大きな成果は他人に頼らず、自らの手で刈り取ってもらいたい。

 役満はツモるものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シン・ゴジラを見て

 先日、シン・ゴジラを鑑賞した。

 妻を誘ったのであるが「NO!」との回答。やはり、以前「クローバーフィールド」を無理矢理誘った反動なのか、後遺症なのか…。SFに付き合ってくれなくなった。

 息子に「シン・ゴジラいかねぇ?昼飯おごるよ」と言ったら

「ムリ!」

 誰も付き合ってくれない。

 結局、私と妻、娘夫婦と4人で一緒に出向き、各々好きなものを見ることになった。

 私は「シン・ゴジラ

 妻と娘は「PET」

 婿殿は「ゴーストバスターズ」を見ることになった。

 Hahaha…、見事にバラバラだ。

 でも、各々の嗜好を表していて興味深い。皆が皆、ゴジラを見たい訳では無い。当たり前だ。

 ラゾーナ川崎の109シネマに行ったのであるが、3種の映画はほぼ似たような時間に始まり、同じ頃に終了した。

 結果、4人で映画に行ってきました、というのと同じである。別々のを見ているのだが…

 

 上映終了後、「つばめグリル」で4人揃って遅めの昼食をとった。

 各々の見た映画の感想を述べあった。どれも、大変面白かったらしい。

 私は婿殿から「ゴジラどうでした?」と聞かれたので、

「良かった。自分の中ではシリーズの最高傑作だと思う」

と答えたら、彼は大層驚いていた。

エヴァンゲリオンみたいですか?」

「ハハ、同じBGMが流れてたよ。とにかく映像が凄い。凄くリアル。ストーリーも面白い。庵野が監督するとこういうゴジラになるんだ、と思った。やられたよ。やっぱり彼は天才だ。」

 以上は、私の正直な感想だ。

 

 印象的であった部分にもう少し触れておく。

・目的の60%は、石原さとみさん(好きなんです)。彼女のスーツ姿は抜群に良かった。流暢な英語を話すのには驚いた。そう言えば、英会話のCMやってたなぁ

長谷川博己さんの臭い演技は庵野監督は織り込み済みなのだと思う。あの臭さが良いのだ。あんな政治家は日本にはいない。ゴジラも彼も日本では架空の生き物だ。

自衛隊がカッコ良かった。幕僚長の「お礼の言葉は無用です。仕事ですから…」のセリフにしびれた。

防衛大臣が突き抜けていて良い。「いいんですね?総理。許可があれば自衛隊は首都の真ん中でも徹底的にやりますよ!」たじろぐ大臣達…。小池百合子都知事がモデルか?との風説もあるが、私は違うと思った。小池さんは、もう少ししなやかに言う(見せる)と思う。

環境庁の課長補佐は確かに良い!

・エスプリの利いた皮肉があちこちに散りばめられている。石原さとみさんのセリフに思わず笑ってしまった。「私の国では重要事項は大統領が決めるわ。あなたの国では誰が決めるの?」

京浜急行とJRの扱いの差が面白い。

・武蔵小杉は、本当に破壊しても良いと思う。あそこさえ無ければ、湘南新宿ラインは混雑しないのだ。

シン・ゴジラに超兵器は登場しない。純粋に人と "シン" の闘いを描いている。それが良い。人には知恵がある。同志がいる。日本を救おうという決意がある。ヤツと闘えるのは自分達だけだ。自分達が何とかするんだ。そういうメッセージがヒシヒシと伝わってくる。「日本も捨てたもんじゃない」。このセリフに救われる。長谷川さんが自衛隊員に激を飛ばすシーンは「インデペンデンス・デイ」のホイットモア大統領の演説を彷彿させる。泣けるシーンだった。

・ラストシーンでゴジラのシッポの先に溶けた人らしきものが映っている。これは何の暗示なのだろうか。ゴジラが人を食べているという意味か?はたまた、ゴジラの正体は人類だとでも?まぁいいや。考えても仕方が無い。庵野氏がよくやる謎掛け、揺さぶりだ。

庵野さん、エヴァどうするんだよ。

 

 当日、ゴジラを上映する劇場は混雑していた。満員だった。

 私の右隣に座ったのは小さな女の子2人を連れたご夫婦だった。左隣はカップル。そのまた左はじいさん3人。

 このような方々と同席したのは、たまたまかもしれないが、ゴジラヒットの理由を見た気がしている。

 以外と、多くの世代にファンがいるのだ…

 

 

 

難題、その2

 困った。本当に困った。

 「1/24 国産名車コレクション」を定期購読するどうか迷っている最中にデアゴスティーニから凄いシリーズが出てきた。

 「フェラーリ」だ。

 

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 どうしよう…

 国産車だけでも迷っているのに、フェラーリまでどうしよう…

 いや、全部はいらない。

・250GTO

・ディーノ

・288GTO

・512BB

テスタロッサ

・308GTB

・365GT4 BB

 

 これくらいでいい。

 欲しい…

 

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 このシリーズも60号までの発行を予定しているらしい。

 先の「国産名車」と合わせると何と120台にもなる。

 どう考えても、置く場所が無い。

 なんちゅう難題なのだ…

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